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20.
顧問が何か喋っていたが、僕は上の空でタカオを食い入るように見つめていた。
凛々しい横顔だった。
すっかり大人の雰囲気になったタカオが、眩しくて、胸が焦がれて、人知れずため息を吐こうとして、震える息に自分が興奮していることを悟った。
「ちょっと、あなた、先生に呼ばれてるわよ。」
「えっ。」
「何ぼんやりしてるんだ、新人。自己紹介だ。こっちに出て来い。」
時機を逸して入部した僕は、一人だけで自己紹介を迫られた。何を言っていいものやら見当もつかず、よろしくお願いします、とだけ言って頭を下げた。頭を上げると、タカオを見た。タカオもじっと僕を見ていた。否、一人挨拶をする僕を、きっと他の部員も見ていたのだろうが、僕にはタカオしか見えていなかった。
部長だろう人の一声で、アシタと聞こえる挨拶を全員がした。またも出遅れて、僕も頭を下げた。
「解散。」
散り散りになり、片付ける者、水筒から茶を飲む者、更衣室へと向かう者、その中で僕は佇み、またタカオを探していた。しかし、何処に行ったのか、姿は見えなかった。きっと、直ぐに教室にでも戻ったのかもしれない。三年生の教室は、此処から遠い。僕は探すことを諦め、更衣室へと向かった。
「あなた、一年なんだから、明日からは片付け手伝いなさいよ。」
女子の部長に言われて、はい、と答えて、しかしそのまま着替えに行った。
女子更衣室は苦手だった。女臭いし、五月蝿い。そそくさと着替えると、鞄を取りに教室に戻った。早く校門まで行かなくちゃ、もう今日はタカオと会えないかもしれない。そう思うと、気が急いた。
走っていた。下駄箱で靴を掴むと、履く間ももどかしく、その所為で余計につっかえながら靴を履くと、いつも出入りする正門に急いだ。三々五々帰る生徒を、押し退けるようにして急いだ。
しかし、そこにはタカオは居なかった。
がっかりしたが、よくよく考えてみると、後一歩のところで徒歩通学になった僕より、1キロは更に遠いタカオは、きっと自転車通学に違いない。自転車置き場は通用門の方にある。きっと、そっちから出入りしてるんだ、行かなくちゃ。また、駆け出した。数十メートル走って、そこに着いたが、タカオは居なかった。暫く待ってみたが、他の生徒たちが帰って行くだけで、タカオは来なかった。
残っている自転車も段々と数少なくなり、夕暮れも深まり始めていた。
しかし、同じ部活に入ったのだから、明日から毎日でも会えるのに、どうしてこうも焦燥感を覚えるのだろう。今を逸したところで、未来永劫会えなくなるわけでもあるまい。そうは思っても、この気持ちを納得させるだけのものではなかった。とにかく、会いたくて堪らないのだ。理屈ではなかった。
しょんぼりとしながら、仕方なく帰ることにした。
さて、どの道を通って帰ろうか。僕には、三通りほど、通学路がある。本当は、同じ道を通るように教師に指導されているが、そんなことには頓着しない。その日の気分で、決めていた。
一つ目は、一番多く通る正規の通学路。細い川の堤、松並木を通る道。これはこれで、悪くない。なかなかいい道だ。二つ目は、工事中のバイパスの未舗装の道。ここは、工事をしている男たちに、冷やかされたり、通るなと叱られたりするが、スパッと景色が断絶された広い空間は面白かった。三つ目は、今はもう使われていない、畜産試験場か何かだった施設の広い敷地を横切るコース。
今日は、三つ目を通って帰ることにした。ここは、殆ど生徒が通ることはない。何故なら、学校から立ち入ってはいけないときつく言われているから。大体いつも孤独な僕だが、もっと一人になりたいと思うときは、入り口で辺りを窺うと、ひっそりとしたその中へと吸い込まれるように入って行く。門はあるが、壊れていた。今にも崩壊しそうな建物は、学校の言うように危険かも知れないが、ただ歩くだけには、問題があるとも思えなかった。ところどころ、屋根が落ち空が見える箇所もあったが、僕はただその合間を歩いて行くだけだ。広い敷地内は、とても静かだった。もともと、住宅の疎らな辺り、広い道路が傍にあるでなし、物音一つしない其処は、タカオのことを想うには持って来いの場所だった。
心行くまで、タカオを想いたかった。
> 22.
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