そこに在ったのは、斑(ふ)入りマサキだった。
あの、懐かしくも忌々しい記憶を呼び覚ますそれは、木々の影陰から忽然と姿を現して、僕の歩を止めさせた。玄関の引き戸を開け、家の中に入っていく彼を追うこともせず、対峙するかのようにその場に立ち尽くした。
一体何年ぶりに、この木を見たことだろう。
ここに在るマサキは、あの時の僕の懊悩など何も知らないのに、光と風を受けて斑の色が一際輝くさまに、罪もないその木に苦いものを覚えた。
眉根に皺を寄せ、無意味にも、あれから何年経ったのか勘定していた。
「12年……。」
思わず声に出してしまっていた。吐いた言葉を飲み込んでしまえるかのように、慌ててひゅっと息を吸い込んだ。
あの屈辱から、そんなにも経っていたのだ。あの年の、もう倍も生きてきたということか。忘れようとして忘れ去ってしまっていたと思っていた昔は、昨日のことのように胸に迫ってきた。
忘れた振りをしていただけだったことに、今更ながらに打ちのめされていた。
タカオちゃん……。
今度は、口に出さずに胸の裡だけで呟いた。
あの時僕は、タカオの言葉に胸が高鳴っていた。そうだった。タカオが好きだった。
タカオの前だけでは、有りのままの僕でいていいのだと思わせる何かがあると感じていた。
当時はまだ自分でも不明瞭ながらも、何故か他人の言うところの普通とは違う異質な僕が、赦されているのだと思っていた。だから、タカオの言うことは、何でも聞いた。受け入れて欲しくて、何でもタカオの言うとおりにしたかった。 否、こじつけてはいけない。そうすることは、僕のしたかったことだ。タカオの所為じゃない。
「ねえ、早く入っておいでよ。」
彼の呼ぶ声に、突然現実に引き戻された。
ぴくりとして、そのまま彼の顔を凝視したまま、頷いた。
しかし、頭の中は纏まらず、尚もぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
2009年2月15日号掲載