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 さあ、おいでとばかりに手を差し出され、付き合い始めてからの習慣で、その手に自分の手を重ねた。ぎゅっと握り締められた彼の手が、汗で湿っていた。昔繋いだタカオの手は、冷んやりとしていたことを思い出し、舌打ちしたい気持ちになった。汗ばんだ手に引っ張られるように、玄関の引き戸の中へと足を踏み入れた。
 アプローチからは木々が邪魔をしてわからなかったが、玄関から奥へと伸びる廊下には窓が三つほど配置され、内部は思いのほか明るかった。
 その窓のひとつからは、たった今対面した入りマサキが、風に揺れているのが見えた。
 心此処に在らずといった僕の手を、彼は一層強く握った。
 その力に、思わず彼の顔を見返した。
「決心が揺らいだ?」
 不安げな顔で僕を覗き込むと、そう言った。決心が揺らいでいるのは自分だとばかり、彼の顔が物語っているようだ。まじまじとその顔を見た後、僕はふっと笑うと言い返した。
「そんなこと、ないよ。ある筈ないでしょ。」
「それならいいんだ。さ、あがって。」
 あまり強く手を握られているので、コンバースのバッシューを履いている僕は、靴が脱げずによろめいた。手をどうにかして欲しくて見上げると、彼が羞恥したように手を放した。
 上がり框に腰掛けると、紐を解いた。その間、またマサキに目をやってしまっていた。ちらちらと視線を手元とマサキとに泳がせながら、やっとのことで靴から足を抜くと、傍でその所作を見守っている彼のほうを見た。
 僕の靴が脱げたことになのか、それとも自分の決心は固いのだとでも言いたいのか、彼は頷いた。
 また手を差し出されて、僕は条件反射のようにその手を握った。
 その手は、更に汗ばんでいた。
「僕の部屋は、二階なんだ。」
 聞いて知っていたが、黙って頷いた。
 そして、手を引かれたまま、階段を繋がって上がっていった。
 上がり切ったところで右手に折れると、途端に廊下は薄暗くなり、何故か心臓がきゅんと収縮するような気がした。五、六歩歩いた突き当りに、彼の部屋のドアがあった。
 開けた途端、また眩しいほどの明るさが戻ってきた。
 初めて足を踏み入れる彼の部屋は、初夏の陽気の所為か、控え目ながら男の匂いがした。
「なんだか、暑いよね。今、窓開けるから。」
 そう言って手を放すと、甲斐甲斐しく動き出した彼を、突っ立ったままぼんやりと見ていた。三方にある窓を全部開け放った途端、さっと風が吹き抜けた。心地よい風に、彼の汗で濡れた手のひらが、冷んやりとして乾いてくる感じがした。
 彼は、小さな冷蔵庫を開けてコカ・コーラを取り出すと、グラスに注ぎ分け始めた。
 手持ち無沙汰に、ポケットから煙草を取り出して火を点けると、小さなテーブルの上にあった灰皿を取り上げ、窓際に行った。
 見当を付けて行った西側の窓から、思ったとおり斑入りマサキが見えた。
 煙草を吸いながらずっと見続けていると、背後に彼がそっと寄り添い、僕の肩を抱いた。僕は背中を彼に預けたが、振り向きもせずマサキに見入っていた。
 彼もそのまま、僕の肩越しにじっと外を眺めている。
 きっと彼は、同じ景色を僕と共有していると感じていることだろう。
 一本吸い終わり、灰皿に押し付けて消した。口の中が、脂の匂いで充満している。
 その時を待っていたように彼の手に力が籠もると、振り向かされた。
 まっすぐに顔を見上げると、彼は緊張した面持ちだった。僕はじっとその顔を見つめた。最初に目を逸らしたのは、彼のほうだった。目を閉じた彼の顔が近づいて来て、唇が重なった。
 僕は唇を軽く開けると、舌先で彼の唇を舐めた。それが呼び水となり、恐る恐る彼の唇も開き、滑らかな舌先が僕のざらつく舌に触れた。

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2009年2月22日号掲載

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