コフィのマンションは4LDKで、一室がアトリエになっていた。画きかけの絵がそのままになっていた。コフィはすばやくその絵を隠した。

「見たか?」

「見たよ。僕、いっぺん見たものは忘れないんだ。」

「脅迫か?」

カイエには訳がわからなかった。とにかく腹が減っていた。

「脱げ。」

「うん。」

 この手の号令は施設では日常的だったので、カイエはさっさと裸になった。

 コフィはデッサンをはじめた。

「ねえ、昼ご飯は?」

「うるさいな。画き終わったら食べさせてやるよ。」

 カイエは、全裸で突っ立っていた。こういうことにも慣れている。裸を恥じるようなことはない。

「ねえ、コフィ、ホットケーキが食べたいよ。」

「ふざけるのもいい加減にしろよ。オレはおまえがアザだらけだからって、ちっとも同情してなんかいないんだからな。」

 デッサンを終えると、コフィは青一色で色をつけだした。すぐに終わった。

「オリヂナルの絵は初めてだが、もう二度と画く気にはなれそうにないな。」

 コフィはスケッチブックを床に投げ出した。そこにはミュルが増殖していた。ミュルとは、レシート、ガムのケース、煙草の空き箱、タイプの打ち損じ、糸くず、何処かからもげた家具の一部、シール、ペットボトルの蓋、使用済みハガキ、ダイレクトメール、アクセサリーチェーンの絡まったもの、包装紙、中途半端な長さのヒモ、とにかくありとあらゆる役に立たないものの集合体である。ミュルがわくと、そこは廃墟になる。ダストシュートから棄てる必要があるが、コフィは怠けているようだった。

「これ以上、なにもしないの?」

「して欲しいのか?」

「冗談ぢゃない、」

 カイエは慌てて服を着た。スケッチブックを拾い上げ、ミュルを払って、胸に抱いた。

「おまえ、気に入った。オレのペットになれよ。秘密を知られた以上、ただで帰れるとはおもってないだろ。」

「あのう、大変勝手な云い草のところ申し訳ないんだけど、ペットってなにすりゃいいの?」

「いてくれればいい。」

「コフィ、さみしいの?」

「悪いか。」

「そういうタイプには、見えないけど。むしろ、僕を臓器ブローカーに売り飛ばしそうな感じ。」

「失礼な奴だな。オレはただの贋作家だよ。ホットケーキは、確か冷凍のがあったな。今、レンヂで温めてやるよ。」

 コフィがキッチンにゆくので、カイエもついていった。

 ホットケーキにたっぷりメイプルシロップをかける。ほとんどホットケーキをひたひたにして、カイエは食べはじめた。

「おい、がっつくなよ。オレは下品な奴はキライだ。」

カイエは、聞いていなかった。甘いものに餓えていた。

「おまえは、どうして坊主頭なんだ。」

「電極を着けやすいように。」

「は?」

「施設の規則だよ。」

 コフィはカイエが食べるところを凝っと眺めている。

「美味いか?」

「うん、」

「こういうときは、なんと云うんだ、ペットくん。」

「ええと、ごめんなさい。」

「ちがう。」

2008年10月13日号掲載

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