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    text/税所たしぎ

 

 

 

 

 あの人の家では、女子校と違って共学はどうだとか、駅前の新しいデパートに新しいブランドが入ったとか、共通の友人の近況だとか、そんなことを話しながらあの人のつくったケーキをつまんだりするかわりばえのしない時間を過ごしたが、不思議なことに好きな男の子の話をしたりした覚えがない。共学の高校に入ったわたしには一緒に勉強したり映画に行ったりするぐらいの同級の男友達ができたが、まったくそのことは話題にならなかった気がする。
 あの人はそのまま系列の女子大に進みわたしは東京の大学に進んだ。いくつか合格した中で選んだのは女子教育の最高学府の一つと評されている大学だった。いま考えてもひどく子供っぽい話だが、あの人の家に遊びに行くようになってから、わたしは将来結婚するならお金持ちと考えるようになっていた。つまりは玉の輿狙いということになる。さすがに恥ずかしかったので口に出したことはなかったが、年齢相応の権威への反発や自立への憧れをはるかに圧倒して、わたしはその思いにとらわれていたので、自分を高く売るために有利だと思われる学校を選んだ。
 たとえ一流国大だろうがどこぞの医学部だろうが工学部だろうが、キャリアウーマンだろうが学問一筋だろうが、花嫁候補としての資格に欠けるわけではないといまはわかっているし、そういう道を選んでいてもよかったような気もしているが、当時はともかく才色兼備の一流の花嫁学校という視点でしか考えられなかった。
 もちろん外に下宿などせず学校の寮に入ってほどほどに清らかな生活を送り、夜遊びのひまもなくセカンドスクールでひととおり習い事に磨きをかけて、その間にかかったお金のことを考えると、いまでも親には頭が上がらない。ただしわたし自身もアルバイトを家庭教師に限って、週にに何件も掛け持ちをして働いた。
 いまほど子供の教育が過熱していなかったから、アルバイト先もわりに富裕な家庭が多く、そこではわたしは地方出身の質素な女子大生の役回りにふさわしくふるまい、東京の中流の上の暮らしを自認する人々のプライドをうまくくすぐって、けっこうどこでも気に入られていた、と思う。海外みやげの免税の化粧品や家族の記念日のディナー、高級スポーツクラブのビジターチケット、バイト料以外で気前よくふるまわれたものすべてに、わたしは素朴な喜びを表してみせ、奥様たちの新弟子としてかなり上手に立ち回っていた。
 後から考えるとその奥様たちは、主人の実家の差し向けた調査員に対してかなりわたしに甘い証言をしてくれたらしい。素直にわたしをほめてくれたのだなと思うと、あえて気に入られるようにふるまっていた自分が少しだけずるがしこい気もした。学校の成績もほとんど優、寮生活も汚点一つなく過ごし、課外のボランティアにも熱心、ここで積み上げられたわたしの像がその後の見合いには有利に働いた。
 実家が財産家でないことに引け目は感じたが、両親はじめ身内はお堅い職業の者ばかり、水を向ければいいお見合いの話も少しずつ持ち込まれてきた。大学卒業の年はしばしば地元に帰ってはお見合いに臨むという感じだった。
 あの人は、といえばはたちの年にはもう婚約が整い、週末には婚約者とデートしていた。そんな中でもデートよりわたしの帰省のほうを優先してくれて、あのころはたまにしか会えない分、まるで小学生のころのようにくったくなく親友づきあいをしていたと思う。
 あの人の婚約者は大病院の跡取りで藩医の家柄で、何代か前にあの人の家から養子をもらっていてとか、そんな百年昔の話がついきのうのことのように語られるような地元の社会があって、この町に戻るということはそういう世界に無縁ではいられないということなのだが、わたしの選んだ夫はもともとの土地の者ではなく、先代がこちらで料亭を始め、いまは本店のほかに弁当、仕出し、ファミリーレストラン、企業食堂、デパートへの出店など食関係の商売を手広くやっている家の次男だった。跡継ぎとして育てられた長男と違って彼は東京の大学に進学しそちらで銀行に就職したのだが、家業の戦力として呼び戻されたということだった。地元から出たこともないようなおとなしいだけのお嬢様では困る、容姿も気になる、商売の家には頭の回転の速い如才ないタイプがいいだろうと、だいぶお見合いを繰り返したらしい。わたしも人のことは言えないぐらいお見合いをしたが、いくらお金持ちと結婚したいといっても、じゃあお金だけあればいいのかということをいやというほど思い知らされた後、彼と会って、次男坊らしいくったくのなさと義母となる人の人柄が気に入って結婚を決めた。
 今月はお祝いが大変よと友人たちに言われたが、あれこれ準備を進めているうちに、結婚式は偶然あの人と同じ月に挙げることになった。あの人が先。お互いに新婦側の友人はほとんど変わらず、二人の仲のよさに触れる彼女らのスピーチもほとんど同じという具合だった。