桃子さんはよく気のつくお子さんで、大人が気がつかなかったようなことをたびたび教えてくれるのだと担任も申しております。だれそれが元気がないのは、具合が悪いからではなくてだれだれとけんかをしたからなのだとか、園庭の高い木に鳥さんが巣をつくってるから下でみんなが騒ぐとどこかへ行ってしまうとか、先生からハンコをもらうのを忘れた何々ちゃんがお母様に怒られちゃうとか、あれこれ気を配る様子が見られます。そのかわり自分がけんかの当事者になったり困った状況になると人が変わったように内気になってしまうようで、そのようなときには百合子さんをつい頼ってしまうみたいです。
対して百合子さんは、けっして大雑把というのではないのですが、気を配るというよりはリーダーシップでみんなを引っ張っていくというタイプのようです。何か園児たちの間で活発な動き、小動物の巣をつついたような騒がしい笑い声や、わくわくした表情で何かおもしろいこと――雨上がりのカタツムリであったり熟れはじめのヤマモモだったりするのですが――に向かって突進していくような子供たちの集団の中心には必ず百合子さんがいます。知能も優れているのでしょう、ときにはそれが顕示欲につながることもあるようです。桃子さんとは一緒にいろいろ習い事もされているそうですが、お習字、ピアノ、英語、バレエ、どれ一つとっても大層な天分を見せているようで、幼稚園でも、けっして自慢するというわけではないのですが、先生のお手伝いにしろおゆうぎにしろお歌にしろ、どんどん前に出てやりたがるところがあります。実際、百合子さんは何でもおできになるのですが、ほかの園児のこともありますからときどきたしなめなければならないこともあり、しかられればしおらしく反省するところはもともとの素直な資質なのでしょう。
私は、どうも桃子さんが佐久田さんの子供のころに、百合子さんが田添さんの子供のころに重なって見えてしようがありません。お二方の小学生時代、仲は大変よいけれどもクラスの中での役割やおりおりに見せる性格が対照的だったことが記憶に残っています。特に田添さんは9年間を通じて大変学力に優れておりましたので、外の高校にお進みになったことを大変残念に思った覚えがあります。
そのお母様方の子供時代の印象が頭にあるものですから、ついつい桃子さんと百合子さんを取り違えてしまったりするのではないかと思うのです。
先日も佐久田さんにそういう話をいたしましたところ、楽しそうに秘密めかして、自分は昔から田添さんのような女の子に憧れていたしそうなりたかったので、百合子が彼女みたいになってくれたら本当にうれしいのだと、そして桃子さんを見ていると自分の子供時代を思い出すので、自分の娘とかわらずかわいく思っているのだとおっしゃっておりました。
そのころには田添さんは、奥様業、母親業だけではなく経営者としても、ケータリングサービスというのでしょうか、あの方がお始めになったお年寄り向けの給食事業のお仕事のほうが忙しくなってきたようで、佐久田さんが一人で二人をお迎えにいらっしゃることも多くなりました。
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