半年かけて十年前の体重に戻し、二の腕や腿にハリがよみがえってきて、まんざらでもない自信が戻ってきたころ、急ぎの仕事が入りジムに通えない日々が続いた。まるで椅子の形に体が固まってしまったような気がして、超特急の締め切りの雑誌原稿を打ち終えてメールの送信ボタンを押すと同時に、ジムバッグに手が伸びた。
それまで夜遅くにスポーツクラブに行ったことはなかったが、翌日まで待ちきれずに自転車に飛び乗った。ちょうどいいプログラムがなかったので、軽く泳ぐことにした。フロントのスタッフもプールスタッフもいつも通っていた午前とは顔ぶれが違った。
水着に着替え、プールサイドに出てきたとき、ちょうどコーチ室から出てきた顔に見覚えがあることに気づいた。
「久保田?」
「国枝?」
先に声をかけてきたのは、クラブのロゴの入ったスタッフTシャツを着た涼だった。美李は、昔とちっとも変わらない涼の上がり眉に下がり目、唐突な感じの福耳、目頭から伸びる表情筋のしわ、黙っていても笑っているような小さい口に、懐かしさよりも、少女のころ感じていたときめきを思い出してしまい、声をかけあぐねていたのだ。
涼は、視線はプール全体を見渡したまま、
「ここの会員だったんだね。これから泳ぐの? 帰りによかったら一声かけてよ」
と言った。
ついこのあいだまでは、密かに自信を持ち始めていた自分のボディラインだったが、涼に水着姿をさらし続けるのは気恥ずかしく、美李は、あいxまいにうなずくと、プールに身を隠した。そして端のウォーキングコースで歩くことにした。
肩までつかってリズムをとりながら大きく歩いていく。軽く両手を伸ばして水をつかむ。数度往復しているうちに凝り固まっていた全身がほぐれていく。ときどき涼の立ち姿に目を向ける。
すれ違う客に挨拶するようす。幾人かとは親しげに会話を交わす。いかにもアスリート的な客とは何やら専門的な話をしているようにも見える。あまりにじろじろ見すぎな気がして目をそらすのだが、いつのまにかまた涼の姿を追っている。ときどき、小さく手を振って美李に笑みを向ける。もともと笑っているような口元だからそこら辺はよくわからない。
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2005年6月13日号掲載
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