ストロベリー・ショートケイクス

 盛夏の熱気も過ぎ去り、大変過ごし易くなった今日この頃。例年なら、この季節は映画界も一段落。中休みと言える時期にあたるわけですが、今年の秋興行は実に賑やか。大作・小品を問わず、バラエティーに富んだ注目作が途切れることなく公開されており、映画ファンなら嬉しい悲鳴を隠し切れないことでしょう。

『X−MEN ファイナル ディシジョン』『イルマーレ』『出口のない海』『涙そうそう』『フラガール』らがチェーン公開でヒットを飛ばし、単館系では『カポーティ』『日本以外全部沈没』らがスマッシュ・ヒットとなっているほか、『太陽』『マッチ・ポイント』など、8月からの続映作品も高稼働を続けています。10月になってからも『ワールド・トレード・センター』『ブラック・ダリア』などの話題作が続々公開されるという状況。今年の秋興行は例年にも増して熱いと言えるでしょう。

 そんな中、皆さんに是非おすすめしたい珠玉の名作と巡り逢いました。

『ストロベリー・ショートケイクス』という日本映画がそれです。

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【デリヘルで受け付けバイトをしながら恋の訪れを待ちわびる里子。そのデリヘルでNO.1の売上を誇りながらも、実生活では1人の男を愛しつづける秋代。恋愛至上主義のOLちひろ。過食症を抱えるイラストレーターの塔子。性格も環境も異なる4人の女性が、都会の片隅でそれぞれに抱える葛藤と向き合いながら、自らの居場所を求懸命に生きていく姿を描く……】

というストーリー。

 原作は人気漫画家:魚喃(なななん)キリコによるコミック『strawberry shortcakes』。

 里子に池脇千鶴、秋代に中村優子、ちひろに中越典子、塔子には役名と同じ芸名を持つ岩瀬塔子(実は原作者の魚喃キリコだとのこと!!)が扮している他、加瀬亮・安藤政信・趙民和・奥村公延・中原ひとみ・村杉蝉之介・前田綾花・諏訪太朗・いしのようこ・矢島健一らが出演しています。

 私が心から愛して止まない『三月のライオン』の矢崎仁司監督がメガホンを取った作品であるというのが、私が本作を観賞した動機です。ここはまず、矢崎仁司監督のことから書き進めていきましょう。

 矢崎仁司という人は大変寡作な映画監督です。寡作な映画監督というと、『地獄の逃避行』や『シン・レッド・ライン』のテレンス・マリックや、『ミツバチのささやき』のビクトル・エリセといった監督の名が真っ先に想起されますが、矢崎仁司も彼らに負けず劣らずの寡作振り。1年に1本のペースを長年守りつづけるウディ・アレンや、時には1年に2本以上の大作を世に放ってしまうスティーブン・スピルバーグと比べると正に対照的な存在と言えるでしょう。

 ここでまず、彼の経歴を映画という分野に限って御紹介しておきましょう。

 彼は、1970年代中盤から自主映画のフィールドで活動を開始し、1980年に手掛けた長編『風たちの午後』が非常に高い評価を受けたと聞きます。世間からすれば、期待の新人監督だったことでしょう。しかし、初の劇場用長編として手掛けた次作『三月のライオン』は、1992年の製作・公開となっており、ここで既に12年もの長い沈黙がみられます。その『三月のライオン』は、現在までに数度のリバイバル劇場公開が行われるなど、一部で熱狂的なファンを生み出し続けている作品で、日本インディペンデント映画界において最も息の長い作品の一つと言って過言ではありません。しかし、新作を熱望するファンの声を尻目に、彼はまたも長期に及ぶ潜伏期間に突入します。その後、8年の歳月を経て放ったのが4時間近いという大長編『花を摘む少女と虫を殺す少女』です(残念なことに未見) この頃には、矢崎仁司の寡作振りが既に現代日本映画ファンの間で認知されており、彼のファンは心から彼の新作を熱望しながら、その長い沈黙を愉しむという術を身につけたように思います。

 そして、今年。前作から早6年。遂に、待望の新作である『ストロベリー・ショートケイクス』が製作・公開されました。正に「待ちに待った」という言葉がぴったりの新作ですが、本作は、矢崎仁司の数少ないフィルモグラフィーの中でも一際異質な輝きを放っているのです。

 これまでの作品は、全てオリジナル脚本によるものでしたが、本作には前述したように原作となるコミックが存在します。これだけでも、充分に大きな変容と言えるのですが、それに加えて、本作では、これまで一貫して監督と脚本を兼任してきた姿勢を崩し、『天国の本屋〜恋火〜』の狗飼恭子に脚本を任せているのです。初めて監督一本に専念することとなった本作に、期待と不安の両方を感じた矢崎ファンは少なくないのではないでしょうか。

 しかし、恐る恐る観賞した本作は、紛れも無い矢崎映画に仕上がっており、ワンカット・ワンカットのこの上ない美しさに目を見張ると共に、その写真的とも言える美しいカットの連鎖がやがて映像となり、徐々に一つの物語(映画)を為していく様に心を奪われたのでした。矢崎作品特有の清澄で緊迫感溢れる空気の中で、全てのキャラクターがしっかりと息をしている。決して作り事ではないリアルな世界が目の前のスクリーンで展開され、客席とスクリーンとの間はフラットになり、スッと作品に入り込んでいけるのです。
観客の目の前で繰り広げられる自然な他人の日常。そんな地続きな空気感が本作の最大の魅力と言えるでしょう。

 主人公である4人の女性は、誰もがそれぞれの痛みを抱え、それでいながら希望を捨てきれず、時に傷つき、時に癒され、果たして前進しているのか、後退しているのか、はたまた停滞しているのか、容易に判断できない日常を彼女らなりに懸命に生きています。過酷な状況の中で、どうしようもない孤独を感じたり、息をすることさえ苦しくなるほどの閉塞感に見舞われたりしながら、それでも今を生きています。そんな彼女たちを見つめる、観客は、その様子をドキドキしながら見守りつつ、その過程で共感や拒絶といったそれぞれの思いに駆られながら、心の揺れを感じることでしょう。自分の目で、自分の感覚で、本作の登場人物を見つめ、それぞれの考えを巡らせることでしょう。決して目を離すことができない求心力が本作にはあります。その求心力を支えているのは、4人の主人公を見つめるカメラの視座に潜む優しさです。きっとそれは監督の視座そのものであるのでしょう。なぜなら、彼女たちを見つめる視線に体温と愛情を感じるからです。そして、その視線はまた、本作を見つめる我々の視線でもあるのです。

 我々観客は、カメラのレンズ(=監督の目)が捉えた映画内の日常を、まるで自らの目が捉えたものとして違和感無く見つめ続けている事に気付きます。しかし、そのことに気付くのはエンドロールが終わり、場内が明るくなった後なのです。スクリーンと客席の距離を感じさせない本作の魅力を一言で表現するなら、 <地続きの親近感> と言えるでしょう。だからこそ、絵空事のように甘過ぎない、それでいて希望に溢れたラストシーンに、ギュッと心を抱きしめられたような気がして、たまらなくなったのです。息が詰まりそうになること、誰にでもあるでしょう? そんな不安を、全部優しく包み込んで「大丈夫だよ。だから、また頑張ろうね」というメッセージを残してくれました。忘れられない作品になりそうです。

 矢崎監督の新作が今から楽しみです。しかし、また長く待たされるのだろうな……と思ったら、なんと既に更なる新作が公開されると言うではありませんか! タイトルは『大安吉日』。実は、これ、10月21日から東京で公開が始まる『ハヴァ、ナイスデー』という短編オムニバス映画中の一編だとのこと。短編とはいえ、一年に2作品も矢崎監督の新作が発表されるだなんて、ファンの一人としてはたまりません。楽しみがまた一つ増えました。幸せなことです。

 また、劇場でお逢いしましょう!!

ストロベリーショートケイクス

2006/日本/カラー/127分/配給:アップリンク=コムストック

監督:矢崎仁司 原作:魚喃キリコ 『strawberry shortcakes』(祥伝社刊) 脚本:狗飼恭子 撮影:石井勲 出演:池脇千鶴 中越典子 中村優子 岩瀬塔子 加瀬亮 安藤政信 保坂和志

2006年10月9日号掲載

< アタゴオルは猫の森(2006/10/23) | URACIO(2006/9/25)>

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