シルバー假面

2006年11月29日。

 この日付は、私の胸に大きな穴をポッカリと開けました。それはそれは途方もない喪失感を伴うものでした。

 私が敬愛して止まない実相寺昭雄監督が永眠されたのです。

 実相寺監督の訃報を知ったのは翌30日の朝。インターネットニュースでその記事を目にしたのです。「誤報であって欲しい!」と半ば祈るように、そして一種の切迫感を感じながら色々と検索したことを覚えています。そして、ほどなく「間違いないようだ」と確信するに至りました。私は大袈裟ではなく愕然としてしまって、頭の中が真っ白になり、ポカーンとしてしまいました。思考がオーバーヒートしてしまったんですね。それほど、実相寺監督の訃報は思いがけないものでありましたから。と言うのも、最近の実相寺監督は、オムニバス映画:『乱歩地獄』の一篇である『鏡地獄』や『獲姑鳥(うぶめ)の夏』を監督した他、『日本以外全部沈没』の監修を担当。また、新作として、オリジナルDVD用作品:『シルバー假面』第一話の監督及び全三話の総監修や、オムニバス映画:『ユメ十夜』の『第一夜』の監督、衛星放送用TVシリーズ:『怪奇大作戦 セカンド・ファイル』のシリーズ構成を担当するなど、企画が目白押しと耳にしていた矢先だったんです。正に晴天の霹靂といった風で、思いがけない衝撃というのは殊のほか心に深く突き刺さるものだなあと痛感しました。

 私が、これほどの映画好きになったきっかけを与えてくれた人物や作品というのは決して単数ではありません。「この監督(あるいは俳優)に惚れぬいたのがきっかけだ!」とか「この作品に出逢ったことが決め手!」といったわけではないのです。様々な監督・俳優・作品との出会いがあって、徐々に映画の愉悦に目覚めていったわけなのですが、その中には、無論、幾人か、あるいは幾つかのポイントとなる人物や作品との出会いがありました。スタンリー・キューブリックの『シャイニング』、ミロシュ・フォアマンの『アマデウス』、ルイ・マルの『ダメージ』、ブライアン・デ・パルマの『ファントム・オブ・パラダイス』、ラリー・クラークの『キッズ』、北野武の『キッズ・リターン』などが特に忘れられないものとして挙げられますが、実相寺監督の『帝都物語』もそういった一本です。

 私が『帝都物語』と出逢ったのは、中学1年生の時だったでしょうか。TV放送されたものをたまたま録画していて、何気に見始めたらもうどっぷりとハマってしまったんですね。以来、暇さえあれば、繰り返し繰り返し、何度も何度も鑑賞して、母親が呆れ顔をするほどでした。鑑賞する度にハラハラドキドキして、食い入るように見ました。不思議と飽きるということがなかったんですね。この時、私は【実相寺昭雄】という名前を初めて心に刻み込んだのです。

 とはいえ、それまでに実相寺作品を鑑賞したことがなかったわけではないんです。テレビで再放送されていた『ウルトラマン』『ウルトラセブン』などの特撮テレビ作品で、彼の作品は既に体験済みだったのですが、小学生・中学生の子どもが、演出家の名前にまで注意することもなく、また、その作家性というのにもピンと来なかったんですね。ま、いたって普通の子どもだったわけです。それが『帝都物語』という作品に出会ったことで、実相寺昭雄という存在を知り、その面白さから加速度的に映画を頻繁に見るようになっていたという経緯があるんです。

 けれど、以後、私はしばらく実相寺作品に触れることがありませんでした。レンタルビデオ店などで実相寺昭雄作品のパッケージを目にしてもピンと来なかったんです。中学生の私にはまだまだ敷居の高そうな作品(「難しそう」といったものや、エロス色の強い作品)が多く、どうにも食指が動かなかったんですね。人目をはばかったというのも正直あります。

 そんな私が、実相寺監督の全貌を知ることになるのは、『帝都物語』初鑑賞からおよそ10年ばかり経った頃。1997年の東京国際ファンタスティック映画祭で江戸川乱歩原作:実相寺昭雄監督による『D坂の殺人事件』という作品が上映されました。これもエロスの香りが濃厚な作品でしたが、その時の私は既に21歳。ようやく実相寺作品を楽しめるだけの年齢になっていたんですね。これが実に良くできた作品で、江戸川乱歩原作による映像化作品の中でも指折りの秀作といえるものだったんです。ここから、本格的に実相寺監督に魅入られた私は、貪るように彼の手掛けた旧作(TV作品も含めて)をするようになったんです。

『怪奇大作戦』『哥(うた)』『曼陀羅』『無常』『宵闇せまれば』『歌麿 夢と知りせば』『アリエッタ』『ラ・ヴァルス』『悪徳の栄え』『屋根裏の散歩者』などなど。旧作は全てビデオかDVD鑑賞でしたが、その殆どの作品群に魅了され、今では立派な(?)実相寺昭雄の熱狂的なファンを自認するようになりました。

 1990年代末期から2000年代前半にかけて、実相寺監督は映画界においてしばしの沈黙期間に入ります。その間、彼の旧作を溺愛し、ようやく精力的な映像創作活動を再開した矢先の訃報だったわけです。

「もう、実相寺昭雄の新作が見られない」という事実が、日増しに実感を伴って私に襲い掛かってきました。それだけ、今の私は実相寺作品の虜になっていたのですね。

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 そんな中、劇場用映画としての遺作となる『ユメ十夜』が公開され、これは2回前の本コラムでも採り上げました。そして今回、正真正銘の遺作である『シルバー假面』の大阪上映が決定したのですが、この作品は、当初、東京限定で劇場上映がなされ、その後DVDリリースされるという話でした。それが、実相寺監督の訃報を受けて、追悼企画という形で名古屋・大阪・神戸・京都での特別興行が決定したのです。

 大阪ではテアトル梅田で2日間。1日1回のみのレイトショー公開ですから、僅か2日間の公開ですが、居ても立っても居られず駆けつけた次第。

 この上映に尽力されたのは、私が普段から大変お慕いしている浅尾典彦氏(夢人塔代表)という方。その浅尾氏が「なんとか東京以外の地域でも上映したい」と昨年内から仰っていました。浅尾氏は、実相寺監督が手掛けたTV特撮作品・劇場用映画の洗礼をモロに浴びた世代の方で、リアルタイムでそれらの作品を知らない私などは及びもつかないほど、実相寺作品に思い入れのある方です。

 当日のテアトル梅田(私が鑑賞したのは2日目の最終日)はすし詰めの満員御礼といった状態で、浅尾氏と同じ世代の方を中心にまさに壮観でありました。

 上映前に浅尾氏と、<実相寺監督の最後の弟子> と言われる清水厚監督(『ユメ十夜』で、僕の一番好きな『第四夜』の監督を担当。あと、プロローグとエピローグも)のミニトークショーがありました。浅尾氏が実相寺監督への思いを語り、清水監督が本作の設定資料集をお披露目するなど、短い中でも密度の濃い時間を過ごさせて頂きました。その中で、いつも明るい浅尾氏が神妙な面持ちと真剣な眼差しで、今回の上映に協力して下さった劇場や関係者の方々に謝辞を述べらる一幕があり、その言葉の奥底に厳然と漂う実相寺監督への愛情と、彼を亡くしたという喪失感にグッときたものです。僅か2日間、されど2日間。この2日間の大阪上映(関西全体では3ケ所6日間)に託された思いと、駆けつけた観客の胸中に去来する思いが合致した素晴らしい空間がそこにありました。

 実相寺監督の新作はもう見られませんが、彼の残した足跡は途轍もなく大きいもの。その歩みは、後の世代にも多大な影響を与え、形を変えながら引き継がれていくことでしょう。彼の訃報を受けて、「悲しい」という気持ちは確かにあるものの、今回の上映には、それにも増して実相寺監督に対する「ありがとう」という感謝の気持ちが大きかったように思います。 追悼という意をこめながらも、湿っぽくなく、むしろ温かい雰囲気に包まれた幸福な場所が出来上がっていました。

 本編は、1971年〜72年にテレビ放送されたオリジナル版の『シルバー仮面』とかなり異なるもので、シルバー仮面はなんと女性。それも文豪:森鴎外とドイツ人女性との間に生まれた娘という驚きの設定で、舞台は大正時代の日本。そういった世界観の中で、ドイツ表現主義時代の映画(『カリガリ博士』『メトロポリス』『ニーベルンゲン』など)や『銀河鉄道の夜』、童話:『赤ずきんちゃん』、スピルバーグ版の『宇宙戦争』、江戸川乱歩などへのオマージュが炸裂しているという、色々な詰め込みがギュウギュウになされた作品でした。全3話の構成で、実相寺監督は第1話を監督していますが、様々な作品からの引用・イタダキがなされているにも関らず、全編が見事に実相寺節で染め上げられており、「おお! やってるねえ!」と嬉しくなってしまうほどでした。まさか、死の直前に撮り上げられたとは思えない力の入った紛れもない実相寺作品に仕上がっており、最後の最後まで実相寺は実相寺らしかったと。それが哀しくもあり、そしてなにより嬉しかったのです。

 決して実相寺のキャリアの中で最高の作品であるとは思いませんが、遺作で枯れゆく素振りを見せることなく、自らのカラーを徹頭徹尾纏った作品を放って彼は逝ったのです。そして、その作品を満員の観客が温かく迎えた。そこに追悼の念があり、企画に携わった方への感謝の念もある。そういった追悼上映が行われた実相寺監督は、天国で幸せを噛み締めているのではないでしょうか?

 映画と映画人に対する愛に満ちた素晴らしい企画でした。監督・観客・企画者&劇場の三者の気持ちが見事に結実した瞬間。この日、テアトル梅田のスクリーンが映し出したのは、ただ単に映像だけではありませんでした。この場を体感できた事を誇りに思います。スクリーンは色々なものを映し出してもくれるのですね。

 それではまた劇場でお逢いしましょう!

シルバー假面 http://www.silverkamen.com/silverkamen/

2006/ 130分/日本/監督:実相寺昭雄・北浦嗣巳・服部光則 総監修:実相寺昭雄 製作:熊澤芳紀 原案:佐々木守/実相寺昭雄 脚本:中野貴雄/小林雄次 撮影監督:中堀正夫 撮影:中堀正夫・藤井良久・八巻恒存 美術監督:池谷仙克 出演:ニーナ/渡辺大/水橋研二/石橋蓮司/山本昌之/赤星満/嶋田久作/ひし美ゆり子/寺田農

2007年3月19日号掲載

< 京鹿子娘二人道成寺(2007/4/2) | エクステ(2007/3/5)>

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