エ ク ス テ

この二週間の間に、映画界に新たな歴史が刻み込まれました。米アカデミー賞の授賞式が行われたのです。今年のハイライトは何と言ってもマーティン・スコセッシの監督賞受賞でしょう。名匠・巨匠と呼ばれ、何度もアカデミー賞にノミネートされながらも受賞に至っていなかった彼は、長年に渡って【無冠の帝王】なんて呼ばれていたものです。そのため、「スコセッシはアカデミー協会から嫌われている」などといった噂がまことしやかに語られてもいました。今回も下馬評では最有力候補と目されており、私も彼の受賞を予想していましたが、内心は「今回も逃すのではないか?」と自信が持てなかったものです。彼の実力は誰もが認めるところですが、今までの彼は運がなかったと言えるでしょう。それがめでたく受賞と相成ったのですから、彼の大ファンである私は心底嬉しかったものです。ただし、正直、今回の受賞には言いたい事もあります。それは、「リメイク作品(受賞対象は香港ノワール:『インファナル・アフェア』のリメイクである『ディパーテッド』)ではなく、オリジナル作品で獲って欲しかった」ということなのです。同じように感じたスコセッシ・ファンの方も多いのではないでしょうか? とはいえ、壇上で「ありがとう」を連発するスコセッシの喜びようを目の当たりにしてしまうと、「ああ、よかった! よかったね、スコセッシ! おめでとうっ!!」という気持ちになったものです。もちろん、スコセッシのみならず、他の受賞者の姿も皆印象的で、年に一度のアメリカ映画界最大の祭典を華々しく愉しみました

 では、日本映画界はどうかというと、アカデミー賞とほぼ同時期に、「これは後々映画史に残る事件だ!」と言える現象が沸き起こっていたのです。

 【園子温監督のメジャーデビュー】

です。

 園子温という監督を、本コラムで採り上げるのは今回が初めてではありません。2006年度最後の回で、私は彼が手掛けた大傑作:『紀子の食卓』を御紹介しましたね。覚えて下さっている方もきっといらっしゃることと思います。とは言え、彼は一般的な知名度はまだまだ低い。余程の映画ファンでなければ、彼の存在をご存知ないのではないでしょうか?

 自主映画界から飛び出したこの鬼才は、『自転車吐息』『桂子ですけど』『部屋/THE ROOM』といった作品で、知るひとぞ知る監督になっていきました。決して一般受けする作風ではなく、それゆえに、認知されなかったという部分は大いにあると思います。そんな彼の転機となったのが『自殺サークル』という作品で、この作品は、当時、新宿シネマ・カリテのレイトショー動員記録を更新するほどの大ヒットとなりました。以後、しばしの沈黙を経て、園子温は怒涛の快進撃を始めることとなります。2005〜2006年にかけて、『夢の中へ』『Strange Circus 奇妙なサーカス』『紀子の食卓』『HAZARD』『気球クラブ、その後』と、実に5本もの長編監督作品が相次いで公開されたのです。その中でも、特に『紀子の食卓』は高く評価され、映画評論家・映画通の間で相当な話題となりました。また、「面白い!」と大変好評だったTVドラマ『時効警察』(4・6話)の演出・脚本を手掛けたことで広く注目を集めたことも忘れてはなりません。

 そんな彼が、実績を積んだ上で、満を持してメジャーデビューを果たしました。製作・配給は東映。ジャンルはホラー。タイトルは『エクステ』です。

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【怨念を宿したエクステンション(つけ毛)が人を襲う】

というプロットは、一読すると笑ってしまいそうになりますが、これがなかなかに面白く、見どころの多い作品に仕上がっていました。

 と言うのも、本作には園子温らしさが漲っており、メジャーへの挑戦という気負いを良い意味で感じさせないものとなっていたのです。娯楽作品としてのホラーを追求しつつも、<らしさ=作家性>をその代償として消失することがなかったところに、彼の覚悟の程を見た思いがします。

【アンチJホラー】の立場を公言する園子温監督が、「このいかにもJホラーを思わせる題材にどう取り組むのか?」というのが、鑑賞前に私が抱いた最大の関心事であったのですが、なるほど、本作は『リング』以降に濫作されたJホラー群と一線を画していました。一言で表現すると、本作は【髪の毛によるモンスター・ホラー】と言えます。彼が敬愛すというホラー監督はイタリアのダリオ・アルジェント(『サスペリア』『フェノミナ』など)だそうですが、ストーリー運びの強引さや、辻褄合わせ・整合性を無視した力技演出は、確かにダリオ・アルジェントを彷彿とさせます。そんな拘りの中で、<自分らしさ> を失わなかったというのは、なかなか凄いことではないでしょうか?

 本作には、髪の毛が人を襲うというドラマと同じくらい力強い演出で【人と人とのあるつながり】が描かれます。そのつながりは、<肉親>(母子・姉妹)という部分に集約されるのですが、思えば、近年の園子温作品では、この <つながり> が大変重要なものとして扱われています。その <つながり> は、作品によって、【家族】【サークル】【友人】など、様々な形を持っていました。本作で扱われるのは、主人公(栗山千明)の姉(つぐみ)による実子への虐待やネグレクト(育児放棄)といった負の問題であるのですが、その描き方がもう徹底しているんですね。その徹底ぶりは、露悪的とさえ言い切れてしまうほどのもので、思わず眉をしかめてしまいそうな状況をじっくりと描いています。そんな中で『きよしこの夜』という、クリスマスを、その延長として【一家団欒】【幸福】を連想させる曲が、痛烈な皮肉を孕んで挿入されるのです。『紀子の食卓』における『バラが咲いた』もそうでしたが、園子温作品では、既成曲の使用に目を見張る部分があります。これからご覧になられるという方は、そういった部分にも注目して頂きたいですね。

 本作では、上記したような、露悪的でありながらリアリティを感じさせる物語と、髪の毛が人を襲うという荒唐無稽な物語の2つが、冒頭から並列して描かれていきます。それらがやがて合流し合い、圧巻のクライマックスに流れ込んでいく……という構成はさして目新しい物ではありませんが、そこは流石に鬼才と言われる園子温。彼にしか撮れない唯一無二のオリジナリティを感じさせ、メジャー作品というプレッシャーを感じさせることのない思い切りの良さが随所に見られます(大杉漣の悪ノリともいえる大怪演は見もの!)。もちろん、そういったシネフィル的に満足させてくれるだけではなく、メジャーらしさもきちんと備えており、これまでに園子温の存在を知らなかった観客にも充分受け入れられるだけの門戸の広さを備えているところもアピールしておきたいところです。

 と言いながら、それほど大きな話題とはなっていない様子の本作。もっともっと多くの人にご覧頂きたいものですが、本作は当初から殆どの公開劇場で二週間ロックの興行となっており、現在はほぼ公開が終了しているという状況です。

 しかしながら、多くの作品が公開されている中、その膨大な作品群の中から、本作のような <玉> を探り当てることも映画ファンの大いなる愉しみの一つではないかと思い、今回、公開がほぼ終了しているにも関らず採り上げたという次第。ムーブオーバーやDVDリリースで、本作に触れる機会がありましたら、是非ご覧になって頂きたいと思います。

 また、劇場でお逢いしましょう!!

エクステ http://www.exte-movie.jp/

 恐怖爆髪

2007/ 108分/監督:園子温/脚本:園子温・安達正軌・真田真/撮影:柳田裕男/美術:福沢勝広/編集:伊藤潤一/出演:栗山千明・大杉漣・佐藤めぐみ・つぐみ・町本絵里・佐藤未来・山本未來・夏生ゆうな・光石研・山本浩司・田中哲司・蛭子能収・佐久間麻由

2007年3月5日号掲載

< シルバー假面(2007/3/19) | ユメ十夜(2007/2/19)>

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