シネマ歌舞伎
京鹿子娘二人道成寺

 先日、大阪公開最終日に『シネマ歌舞伎 京鹿子娘二人道成寺』という作品を鑑賞してきました。【シネマ歌舞伎】という試みの第四弾で、タイトルは『きょうかのこむすめににんどうじょうじ』と読みます。

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【シネマ歌舞伎】というのは、老舗映画会社の松竹が2004年からスタートさせた <映画館で歌舞伎を見よう!> というコンセプトの下に制作が始まった新しい試み。

・第一弾:『シネマ歌舞伎 野田版 鼠小僧』
・第二弾:『シネマ歌舞伎 野田版 研辰とぎたつの討たれ』
・第三弾:『シネマ歌舞伎 鷺娘さぎむすめ日高川入相花王ひだかがわいりあいざくら
・第四弾:『シネマ歌舞伎 京鹿子娘二人道成寺』

と、現在までに4作品(第三弾のみ2本立て)が製作・公開されています。

 鑑賞料金は作品によって異なり、尺数の短い第三弾・第四弾はなんと一律1,000円で鑑賞できるといったシステムになっているのが嬉しいところですね。

 さて、映画の歴史を紐解いていくと、歌舞伎との関係が浮き上がってきまるんですね。 日本に映画が伝来した、いわゆる <日本映画の黎明期> には、歌舞伎をそのままカメラに収めて上映するという、いわば舞台の記録映画が多く製作されたと聞きます。そういった中で、松竹という会社は、映画・歌舞伎の双方を柱として長年の歴史を築き上げてきたわけです。

 しかし、歌舞伎に親しむ人というのが、どうも頭打ちといった状態。もちろん、熱烈な歌舞伎ファンや、新世代の歌舞伎ファンも間違いなく存在するのでしょうけれど、昔ほどの隆盛にはほど遠いといった状態なのです。

 皆さんは歌舞伎を実際にご覧になったことがありますか?

 「ない」という方がけっこういらっしゃるのではないでしょうか。その原因として、「難しそう」「退屈そう」というイメージの問題がまずあると思います。そのイメージがどこから来るのかというと、やはりそれは「言葉がわからない」というところが大きいでしょう。加えて、「観劇料金が高い」「安価な席だと舞台がよく見えない」「人気の演目はチケットが取れない」などといった部分も、歌舞伎離れの原因として考えられます。

 そこで、歴史ある松竹は、「歌舞伎の魅力をもっともっと広く知って貰える手段はないだろうか?」と模索し始めたんでしょう。これは非常に歓迎すべき傾向にあると私は思います。従来のままでは、伝統芸能と呼ばれるものがどんどん廃れていってしまう。そこをなんとかしようという働きかけですね。伝統芸能だからといって、まったく新しい仕掛けをしないというのはおざなりなこと。時代と共に、その魅力を伝える術というのも変化していくものですし、新しい試みが生まれて然るべきだと私は思うのです。

 そうして、松竹は自社が手掛けるもう一つの柱である映画事業と歌舞伎事業を結びつけることを思いつきました。それが今回御紹介する【シネマ歌舞伎】です。

【シネマ歌舞伎】の存在を、私はその第一弾から知っていましたが、新しい物に対する違和感が拭えず、 <まずは様子見> といったスタンスでいました。ようやく本格的に興味を持ったのが、第四弾である本作の予告編を劇場で鑑賞した時でした。スクリーンに映し出された舞台の美しさに魅了され、「これは是非一度見てみよう!」という気になったのです。

 本作は、<娘道成寺物> と呼ばれる歌舞伎の伝統演目に新解釈を施した作品。<娘道成寺> というのは、あの有名な『安珍と清姫伝説』(【安珍という男を恋するあまり、大蛇と化した清姫。安珍は紀州道成寺の釣り鐘の中に匿われるが、清姫はこれを鐘の外から焼き殺してしまう】というおなじみの物語)の後日談にあたります。

【道成寺は、安珍と清姫の一件の後、新しい釣り鐘をこしらえた。新しい釣り鐘を迎えるにあたって、鐘供養が行われることになるが、そこに <白拍子しらびょうし> がやってきて、「鐘供養を見届けたい」という。寺の坊主集は、舞うことを条件にそれを聞き入れるが、この白拍子こそは、あの大蛇の精が愛する安珍を匿った道成寺の鐘に恨みを抱いて表れた化身であったのだ】というのが『娘道成寺』のストーリーです。

 その伝統ある演目:『娘道成寺』に、坂東玉三郎が新しいアレンジを施したのが、この『京鹿子娘二人道成寺』で、この演目は、平成十六年一月と平成十八年二月に上演されたきりとなっている伝説の舞台だそうです。

 <白拍子> というのは、高級な遊女のこと。元来の『娘道成寺』では、花子と桜子という二人の白拍子が登場し、それぞれ別の役者が扮していたそうですが、今回の『京鹿子娘二人道成寺』では、二人の役者(坂東玉三郎と尾上菊之助)が花子を演じます。ここが本作のミソで、同じ人物を演じている2人は、まるで実像と影のごとくそっくり同じ動作による舞いを見せます。そうかと思えば、ある瞬間に鏡に合わせたように互いが反転した動作で舞ったり、同じ衣装であるのに、片方が男性となり愛し合う男女の舞を表現したりもするんですね。その現実と虚像が入り混じった不可思議さから、幽玄の美が立ち香り、思わず魅入られてしまいます。そう、2人が演じる人ならざるモノに、正に魅入られてしまう。その甘美なこと、その恐ろしいことといったらありません。その美しさ・恐ろしさの中で、玉三郎と菊之助の二人が「これぞ名人芸!」と言える舞いを披露してくれるのです。

 舞台であれば、その席によって視界は限られてしまうもの。しかし、本作は特等席さながらの視点、それもあらゆる角度からこの素晴らしい演目を捉えています。玉三郎自身が、本演目のシネマ歌舞伎化に伴って特にこだわったという、映像の明晰さと音響の素晴らしさは特筆物で、ただ漫然と舞台を写し取っただけのものとなっていないところも強く訴えておきたい部分です。

 言葉がわからなくても、歌舞伎に対する知識が不足していても、本作をスクリーンで鑑賞することによって、歌舞伎という伝統芸能の素晴らしさの一端を、まず感覚で味わう事ができるはずです。<百聞は一見にしかず> という言葉そのままの圧倒的な説得力を有した全く新しい形態の本作を、私は強くおすすめしたいと思うのです。もっともっと歌舞伎に親しみたいという旧来の歌舞伎ファンだけでなく、歌舞伎を全く知らないという方への歌舞伎入門としても最適なのではないでしょうか。

 この【シネマ歌舞伎】。これからも第五弾・第六弾と、精力的な製作を予定しているとのことですし、これまでに発表された4作品も、引き続き各地での上映が予定されています(まず、予告編をご覧下さい。スクリーンで見ると、更にこの何倍・何十倍もの感動を味わうことが出来ますよ)

 時代と共に移りゆく伝統。そこにスクリーンが、映画が寄与するというのも、映画ファンとしては素晴らしいことではないですか。映画の可能性を存分に感じさせる【シネマ歌舞伎】。要注目ですよ。

 それではまた、劇場でお逢いしましょう!!

京鹿子娘二人道成寺  http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/index.html

2006/71分/日本/出演:坂東玉三郎 尾上菊之助

2007年4月2日号掲載

< 秒速5センチメートル(2007/4/16) | シルバー假面(2007/3/19)>

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