【午後2時37分。舞台は放課後のハイスクール。鍵の掛かったドアの奥から、何かが倒れるような物音がした。集まってくる生徒たち、教師たち。足元を見ると、ドア越しに夥しい血が流れ出してきた。部屋の中で生徒が自殺したのだ……自殺したその生徒が誰なのかはまだ明かされない。 ここで、時は登校前に遡る。ここから6人の生徒に焦点を当て、問題の2:37に至る1日が改めて描かれていく。それぞれに大いなる悩みを抱えた6人は、その内の誰が自殺を遂げてもおかしくない。自殺したのは誰なのか? そして、なぜ自殺しなければならなくなったのか?】
というストーリー。
監督は本作がデビュー作となる新鋭:ムラーリ・K・タルリ。製作開始時に弱冠19歳だったという彼は、独力で出資者を探し、キャスト・スタッフを揃え、実に2年の歳月を本作に注ぎ込んだと聞きます。彼の情熱を支えたのは、友人の自殺と彼自身の自殺未遂であったとのこと。同じ高校に通っていた友人が自殺し、その半年後、ムラーリ自身も鎮痛剤の大量摂取による自殺を試みます。意識が遠のく中、途轍もない恐怖感に襲われ、同時に生への執着を覚えた彼は「もし、死なずに済んだらこの体験を活かし、自分の夢として漠然と抱いていた映画作りに打ち込んでみよう」と心に決めたそうです。
翌朝、無事に目が覚めたタルリは、すぐさま本作の脚本執筆にとりかかり、僅か36時間で第一稿を完成。その後、映画化実現に向けて手探りの交渉を開始。その中で、タルリはヒュー・グラント主演のヒット映画:『アバウト・ア・ボーイ』の撮影監督であるニック・マシューズと出会います。「僕の映画の撮影をお願いできませんか?」という19歳の青年からのオファーを、当初気乗りしなかったマシューズですが、脚本を一読して、大いに感銘を受け、撮影ばかりか、プロデューサー・共同編集まで引き受ることを決めたそうです。2人はその足でカンヌ映画祭へ。プレビュー映像を持って回り、音響編集の大ベテラン:レスリー・シャッツの参加も取り付けます。レスリー・シャッツはガス・ヴァン・サント監督作品のほとんどを手掛けるており、本作にうってつけの人物なのでした。
ロケ地はタルリの地元であるサウス・オーストラリア州の州都:アデレード。キャストも地元の演劇学校に通う生徒を中心に選び出し、撮影がスタートしました。ニック・マシューズやレスリー・シャッツの参加を実現したとはいえ、無名の監督・無名のキャスト、そして決して大きくはない予算。不安材料は山積みです。しかし、本作は、2006年のカンヌ国際映画祭「ある視点部門」に招待され、20分以上にも及ぶスタンディング・オベーションを受けました。一夜にして、本作は全世界注目の映画となったのです。
事実、本作は実に素晴らしい!! 私は上映中何度も「すごい! これはすごい!」と唸らされたものです。
本作は、冒頭で一旦時制がグッと過去に遡り、その日の朝に戻ります。そこから、問題の2:37に至るまでが綴られていくわけですが、その間に、また何度も時制を少しずつ巻き戻しながら、また進んでいくという語り口をとっています。これが具体的にどういうことかというと……
1.青年Aの様子がしばらく映し出される。彼の言動・行動をカメラが捉えていく。その間に、青年Bと廊下で擦れ違う。以後、しばらく青年Aの姿が描かれる。
2.ここで一旦時制が戻り、青年Bの姿が映し出される。その中で、青年Aと廊下で擦れ違う。このシーンは先ほど、青年Aをメインとしたパートで描かれていたもの。ここで、観客は、初めて時制のシャッフルがなされていたことに気がつく。
というものです。
本作は、ほぼ全編、上記した手法の繰り返し(と、主要な登場人物へのインタビュー映像)で構成されているのですが、映画ファンの方の中には、本作を鑑賞していて「この <時制のシャッフル・反復> という手法は、見覚えがある」と思われる方がいらっしゃるでしょう。そう、この語り口は、2003年度カンヌ国際映画祭において、パルム・ドール大賞&監督賞を獲得したガス・ヴァン・サント監督作品『エレファント』とそっくりそのままであるのです。アメリカのみならず、世界中を震撼させたコロンバイン高校銃乱射事件に着想を得た『エレファント』も、時制をシャッフルさせ、同時刻を反復しつつ、同時多発的な人間模様を描いた傑作でした。本作はその『エレファント』と同じ語り口を採り入れたわけです。本作のエンド・クレジットで、ガス・ヴァン・サント監督に対して謝辞が捧げられていることから、やはり『エレファント』の影響は疑いのないところでしょう。しかし、ここで声を大にして言いたいのは、「本作は単なる『エレファント』の二番煎じではない!」ということ。
その証拠に、『エレファント』を既に鑑賞済である私ですが、本作に些かも退屈ですることがありませんでした。瑞々しさと生々しさに溢れた人間描写と、ポエティックなまでに美しい風景描写とのコントラストは、現代に生きる若者、つまりタルリ監督の目を通して醸造されたものであり、若々しさに満ちています。しかし、その若々しさが青くない。若者らしさの一方で、タルリ監督は卓越した演出力を見せ付け、それは本作がデビュー作とはとても思えないほどです。この <若者らしい> 、同時に <若者離れした> 個性の両方が、素晴らしい結実を見せたのが本作です。観客のミスリードを誘いつつ、輝かしい青春裏に潜む闇をじりじりと炙り出していく様は、ミステリー的でもあり、サスペンス性にも溢れています。スクリーンから片時も目を離すことができず、息を呑んで本作の衝撃を全身で受け止めたものです。
ガス・ヴァン・サント監督が『エレファント』を撮った時、彼は50歳を越えていました。最早、壮年という年齢に達した監督が『エレファント』を生み出したことも驚きですが、本作のムラーリ・K・タルリ監督の若さにも驚きます。
決して明るくない、見終わってスッキリするわけでもない。どちらかというと打ちのめされるタイプの作品ですが、紛れもない傑作としておすすめしたい一本です。ガス・ヴァン・サント作品や、ラリー・クラーク作品がお好きな方なら特にお気に召して頂けるのではないかと思います。
本作の原題は『2:37』。日本では『明日、君がいない』という邦題が冠されました。作品内容を示して、余韻もあり、非常に優れた邦題です。原題そのままのカタカナ表記による邦題が多い中、個々の作品に見合った邦題を考えるという姿勢も高く評価したいものです。この邦題を考え、そして、地味で小さいこの作品をきっちりと日本で紹介した配給会社シネカノンに感謝を捧げつつ、心から本作を推します。
それでは、また劇場でお逢いしましょう!!
明日、君がいない http://www.kimigainai.com/
2時37分──そのとき孤独が世界を満たす。
それぞれに深い悩みを抱える10代たち──自ら命を絶つのはだれなのか?
2:37 2006/99分/オーストラリア 監督・脚本:ムラーリ・K・タルリ 撮影:ニック・マシューズ 音楽:マーク・チャンズ 出演:テレサ・パルマー/ジョエル・マッケンジー/クレメンティーヌ・メラー/チャールズ・ベアード/サム・ハリス/フランク・スウィート/マルニ・スパイレイン
2007年5月21日号掲載