ゾディアック

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 1969年8月7日。サンフランシスコの新聞社:タイムズ・ヘラルド社やサンフランシスコ・クロニクル社や著名人宛てに連続殺人の犯行を示した声明分が届きました。その声明文から、未解決のままであったヴァレホ近郊で発生した2つの殺人事件が1つに繋がります。

●1968年12月20日の高校生カップル殺人事件(男女共に死亡)
●1969年7月5日のカップル襲撃事件(女性死亡・男性重症)

先の犯行声明分には意味不明な記号の羅列がありました。暗号文です。送り主は、犯行声明文の公表を望み、公表されない場合は更に殺人を繰り返すと主張していました。声明文は公表され、やがて暗号文は解読されます。

【俺は人間を殺すのが好きだ すごく面白い 森で野生の動物を殺すよりずっと面白い 人間が一番危険な動物だからだ 誰か殺すのが一番ゾクゾクする経験だ 女の子とヤるよりずっといい 一番いいことは俺が死んでパラダイスで生まれ変わった時 俺が殺した人間を全部奴隷に出来ることだ 俺は名前なんかおしえない お前たちが邪魔して 俺の死後の奴隷の数を減らそうとするからだ】

このような内容でした。

 犯人は自らをゾディアック(黄道十二宮)と名乗り、10月22日には、テレビのモーニングショーに電話を通じて出演するなどしました。 9月27日に大学生カップル襲撃(女性死亡・男性重症)、10月11日にタクシー運転手を殺害。以上、4件の事件(死者5名)が同一犯による事件とされていますが、1974年にサンフランシスコ警察署に届いた最後の手紙では「37人を殺した」とありました。

 以上がゾディアック事件の簡単なあらましです。ブラックダリア事件、ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)事件と並ぶ未解決事件として有名ですから、ご存知の方も多くいらっしゃるでしょう。

 これらの事件は、小説や映画にもなりました。ゾディアック事件もその例外ではなく、『ダーティーハリー』(1作目)の敵役であるサソリというキャラクターのモデルになったことでも知られています。『ダーティーハリー』の公開は1971年ですから、ゾディアック・キラーが世間を震撼させていた渦中です。自己顕示欲が強く、相当な映画マニアだと類推されるゾディアック・キラーは、必ず『ダーティーハリー』の試写会に姿を現すに違いないと睨んだ警察は、会場に設置されたアンケート回収箱の中に警察官を忍ばせるなど、必死に犯人逮捕に全力を尽くしましたが、未解決のままです。

 現在、このゾディアック事件そのものを映画化した作品が公開されています。タイトルはずばり『ゾディアック』。

 監督は『セブン』『ゲーム』『ファイトクラブ』のデビッド・フィンチャー。トリッキーな映像派として知られる彼ですから、今回も視覚的に奇抜な仕掛けが満載かと思っていましたが、これが実にどっしりとしたドラマに仕上がっています。綿密な取材と徹底した調査・再検証を行い、その中でフィンチャーは新たな証拠を発見。それが警察に受理されたという裏話も。その結果生まれた本作には、実際に事件に関係した人物が「新聞社の引き出しの中身に至るまで完璧に当時のままだ!」と驚愕したというほど。こだわって、こだわって、こだわり抜いた事件の再現に、ファーストシーンから、観客は1969年のアメリカに誘われていきます。その中で、時折顔を見せるフィンチャーらしさ。ジリジリと展開するドラマの中で、奇抜な映像表現が顔を見せるんです。そこがフィンチャー印。先にも書いたように、全体的には正攻法の語り口で、古くからフィンチャー作品を知る者としては意外な作品ですが、ところどころでみせる独特の演出が実に効果的なんです。というわけですから、本作は、やっぱりフィンチャーにしか撮れない作品に仕上がっています。そこがまた嬉しいところなんですね。

 本作には原作があります。ロバート・グレイスミスによる2冊の事件ルポがそれですが、彼は元々サンフランシスコ・クロニクル社の新聞挿絵を担当していた人だそうです。

 本作は、犯人探し的な興味を存分に惹き付けながら、ゾディアックに興味を覚えてしまったばかりに人生を狂わせていく4人の男たちの姿を描いていきます。ミステリーでありながら、本質は人間ドラマなんですね。

ロバート・グレイスミス 
(サンフランシスコ・クロニクル紙風刺漫画挿絵担当。演じるはジェイク・ギレンホール)
ポール・エイブリー 
(サンフランシスコ・クロニクル紙記者。演じるはロバート・ダウニー・Jr)
デイブ・トースキー 
(サンフランシスコ市警刑事。演じるはマーク・ラファロ)
ウイリアム・アームストロング 
(サンフランシスコ市警刑事。演じるはアンソニー・エドワーズ)

 彼らは、ゾディアック事件に深入りしていきます。仕事の枠を越えてズブズブと事件に足を踏み入れていくんですね。その結果、家庭を失ったり、左遷されたり、アルコール中毒になったり……人生の転落をみるわけです。その姿を本作はじっくり、じっくりと描く。ゾディアック事件そのものを描いたドラマと、その裏に隠された男たちのドラマ。2段構えの面白さですね。

 キャストが地味です。4人の男たちを演じる俳優も地味なら、脇を固める面々も地味。ブライアン・コックス、イライアス・コティーズ、クロエ・セヴィニー。映画ファンにはおなじみですが、決して一般的な知名度は高くない人たちばかり。でも、実力派ばかりです。作品そのものも地味。派手なドンパチがあるわけでも、特殊効果に溢れたスペクタクル・シーンがあるわけでもありません。加えて2時間半を超える長丁場。それでも飽きない。これはちょっと凄いことですよ。演出力・脚本力・演技力ですね。全部揃っているんです。それらを全てひっくるめて映画力と呼びましょう。地味で陰鬱な長時間。そう表現してしまうと、見る前からめげてしまうでしょう? なのに、本作は相当に面白い。映画力が全編に漲っているからです。現在公開中の作品ではイチオシしたいおすすめの作品です。

 それではまた劇場でお逢いしましょう!!

P.S.『猟奇島』(1932)というサスペンス・スリラー映画の古典作品が重要なものとして登場します。ゾディアック・キラーが犯行声明文にこの作品のセリフを引用したため、警察は犯人を【映画好き】と予想するわけです。この『猟奇島』のDVDが、この7月にWHDジャパンというメーカーからリリースされます。『ゾディアック』の予習・復習にもなりますが、それだけでなく、映画として非常に面白い作品です。このDVDのジャケット解説を私が執筆させて頂きました。ご興味がおありでしたら、是非ご鑑賞を! レンタルなしのセル専用商品ですが、価格は780円という驚きの低価格となっています。

 WHDジャパン公式HP http://whd.dip.jp/

ゾディアック http://wwws.warnerbros.co.jp/zodiac/

 この暗号を解いてはいけない

ZODIAC
2006 157分 監督:デヴィッド・フィンチャー 原作:ロバート・グレイスミス 脚本:ジェームズ・ヴァンダービルト 撮影:ハリス・サヴィデス 編集:アンガス・ウォール 出演:ジェイク・ギレンホール/マーク・ラファロ/ロバート・ダウニー・Jr/アンソニー・エドワーズ/ブライアン・コックス/イライアス・コティーズ/クロエ・セヴィニー

6月16日より丸の内プラゼール他全国公開中。詳しくは公式HPにてご確認下さい

2007年6月18日号掲載

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