100万ドルのホームランボール

 この2週間、新作映画の公開が続いています。サマー・シーズン到来を目前に控えて、ますます勢いづいていくことでしょう。特に単館系の作品に注目作がひしめいているように思えるのが6月の公開作品。中でも特におすすめしたいのが根岸吉太郎監督&竹内結子主演の『サイドカーに犬』と、今回御紹介するアメリカ産ドキュメンタリー映画の『100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!』の2作品です。『サイドカーに犬』は、6月23日より東京、6月30日より大阪他全国でロードショーが始まっています。瑞々しく、気持ちの良い作品に仕上がっていておすすめです。こちらも是非ご覧下さい。

 さて、今回は『100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!』を御紹介しましょう。

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【2001年10月7日。MLBリーグ:サンフランシスコ・ジャイアンツのスーパースターであるバリー・ボンズが記念すべき年間最多本塁打記録となる73号ホームランを放った。世界中が熱狂に包まれる中、そのホームランボールを手中に収めようと、熾烈な争いがスタンド席で繰り広げられていた。記念ボールは、何億円もの価値をもつからだ。テレビカメラがその争いを見つめる中、やがて記念ボールを手にした男がカメラに向かってニッコリと微笑んだ。日系アメリカ人のパトリック・ハヤシである。彼は警備員に守られ、記者会見場へと誘導されていく。その一方で、アレックス・ポポフというアメリカ人が怒声を放っていた。「あのボールは俺が手にしたんだ! アイツは俺のボールを奪ったんだ!!」 やがて、記念ボールを巡る争いは裁判に発展。泥沼の様相を呈していく……】

 本作は実際に起こった出来事を追いかけたドキュメンタリー作品です。

 記念ボールというのは、物凄い価値があるのですね。今から約40年前、ベーブ・ルースが保持していた年間最多本塁打記録を、ロジャー・マリスが打ち破った時の61号ホームランボールは、当時のレートで5,000ドル(約180万円)、98年にマーク・マグワイヤが放った70号ホームランボールには、なんと270万ドル(約3億円)の値がついたそうです。記念ボールは、言うなれば金の卵。アメリカン・ドリームがギュッと詰まっていると言えます。人が群がるのも必然。バリー・ボンズの73号ホームランボールを我が手中に収めようとする人たちが、連日球場に押しかけるという状況が生まれます。球場内だけでなく、球場を囲む海上にまで、ゴムボートがひしめく様は滑稽ですらあります。

 この段階では、「よくやるよなあ」「いかにもアメリカ的だよなあ」と、どこか微笑ましくさえあります。この模様は米国内のニュースでも大々的に採り上げられ、当初は興味本位で相当な関心を集めたようですが、やがて裁判が始まり、ドロドロした人間の欲望が曝け出されていくにつれ、世間の反感を買うようになります。ホームランボールをぶっ放したバリー・ボンズも、この裁判に呆れてコメントを出します。

「ボールを売って2人で山分けすれば済むんじゃないの? どうして裁判になるの?」

 大いに納得するコメントですよね。

 けれども、アレックスにとってはどうしても納得がいかなかったようです。
「俺こそがボールの本当の所有者だ!」と主張するアレックスに、当初は同情の声が集まります。テレビカメラが収めた映像には、アレックスのミットがボールを捉える瞬間がしっかりと捉えられていたからです。また、同じ映像には、ハヤシがボールを獲るために周りにいた男性に噛み付いている瞬間も映っていました。「アレックスが最初にボールを手にしていたよ」と証言する人々も複数集まりました。対して、ハヤシは無言を貫きます。この段階では、世論はアレックスに同情的でした。そのために、アレックスはハヤシが提案した山分け案を突っぱねていたのです。

 しかし、この後、アレックスは暴走します。金銭欲丸出しで、偽善的なパフォーマンスを繰り広げるようになったアレックスから、徐々に彼に好意的だった人々の心が離れていきます。果てには、圧倒的に有利に思えた裁判であるのに、アレックスは虚偽の証言をし、それがバレてしまいます。これではもう【どっちもどっち】といった状況ですね。そのやり過ぎ感に、裁判の当事者でない者は嫌気が差してきます。2001年と言えば、あの9.11米同時多発テロ事件が発生した年です。反イスラム感情が急速に鎌首をもたげ、アメリカ中が緊迫していた中、この出来事は、当初、息抜きとなったのでしょう。しかし、徐々に泥沼化していく裁判劇に、「国が一大事という時に、コイツらは何をやっているんだ!」と愛想を尽かしていったというわけです。

 その模様をただただ真面目に追いかけていては、観客も疲れてしまいます。
そこを、本作の監督であるマイケル・ラノヴィックスはよくわかっています。
頭のいい人ですよ。大真面目ではなく、風刺を利かせ、皮肉たっぷりにこの争いを見つめていくというアプローチをとっています。ハヤシが日系人であるということから、この裁判は人権問題も微妙に絡んでくるのですが、そこを大真面目に撮ったりしていないんですね。アレックスの姿を「これは問題だ!」というように撮ってもいません。やはり、【どっちもどっち】という感覚に溢れていて、どこかで憐れんだり、笑い飛ばしたりしています。健全なバランス感覚とでも言うのでしょうか。本作の作り手は、ふざけているだけでもなく、視野が狭くなっているわけでもないんですね。ハヤシに肩入れするわけでも、アレックスを支持するわけでもなく、ただただ、カメラは彼らの行動・言動をそのまま見つめています。一連の争いに寄り添いながらも、どこか突き放して眺めているという感覚。事件を見つめるというより、人間をこそ見つめているといった様子で、そこが実に面白いのです。

 その一方で、もう一つ面白いのが担当裁判官であるケビン・マッカーシーの姿です。傍観者ならば、「どっちもどっち!」「もうどうでもいいじゃん!」で済みます。我々は無責任に事件を面白がり、飽きればうっちゃってしまえば良いのですから。しかし、裁判官となればそうもいきません。内心は彼も呆れ果てているのでしょうが、職責を果たすべく真剣に悩みます。「ミットにボールが入った段階で所有権は発生するのだろうか? それとも、ミットからボールが落ちた段階で所有権は失効しているのだろうか?」 その姿は、どこかユーモラスですらあり、大いに笑えるところなのですが、この事件の一番の被害者は彼なのかも知れません。

 アレックスは私利私欲を丸出しにして世間の反感を買い、ハヤシは無言を貫き、ケビンは両者の間で悩む。そういった三者三様の姿が描かれた後、事件は結審の日を迎えます。これが実に奮った判決で、「もうどうでもいいや……」と思っていた私も思わず快哉を叫んだほどです。その判決の内容はというと……おっと! ここで全部話してしまうわけにはいきません。是非、ご自分の目で確かめて下さいね。

 本作は人間の欲望を皮肉たっぷりに描いたドキュメンタリーです。野球好きはもちろんのこと、そうでない方でも大いに楽しんで頂けることでしょう。
何を隠そう、この私も野球を見ることには殆ど興味がないという人間なのです。そのため、正直なところ、本作にはそれほど期待していなかったのです。
しかし、面白かった!! 「意外」と言っては失礼ですが、期待していなかっただけに嬉しさも倍増という、正に拾い物の1本でしたよ。

 それではまた劇場でお逢いしましょう!!


P.S.
本作、エンドロール中にも笑える箇所がたくさんあります。あの有名俳優のカメオ出演も!! エンドクレジットだからといって席を立たずに、最後まで楽しんで下さいね。

100万ドルのホームランボール捕った!盗られた!訴えた! http://www.homerunball.jp/

 MLBの大スター、バリー・ボンズの73号記念ボールを巡る
 626日間の熾烈な戦いを描いた爆笑ドキュメンタリー

UP FOR GRABS
2004 88分 アメリカ監督:マイケル・ラノヴィックス 脚本:マイケル・ラノヴィックス 撮影:ジョシュ・ケッペル/ザック・リチャード 出演:アレックス・ポポフ/パトリック・ハヤシ/バリー・ボンズ

6月30日〜 東京:渋谷ライズX7月28日〜 大阪梅田ガーデンシネマ他ロードショー
詳しくは公式HPにてご確認下さい

2007年7月2日号掲載

< 街のあかり(2007/7/16) | ゾディアック(2007/6/18)>

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