街 の あ か り

 夏休み映画の公開がそろそろ始まろうとしている映画界。今年の夏休み映画の中で、目下のところ、私がイチオシにしたいのは『リトル・チルドレン』というアメリカ映画です。東京では7月28日からシャンテシネにてロードショー。大阪では8月下旬公開予定となっています。この作品に関しては、また本コラムにて御紹介しますので、タイトルを覚えておいて下さいね。

オフィシャルサイトへ

 さて、今回は、現在公開中の『街のあかり』というフィンランド作品(正確にはフィンランド・ドイツ・フランスの合作)をおすすめします。

【舞台はヘルシンキ。警備会社の夜警:コイスティネンが主人公。仕事を終え、毎日ソーセージ屋に立ち寄って帰るだけの毎日。人付き合いあ苦手な彼は、同僚からも評判が悪く、家族も友人もいません。もちろん、恋人も。ソーセージ屋を営む女性だけが、コイスティネンを温かく見つめてくれているが、彼は気付かない。そんなある日、そんな彼の前にミルヤという美女が現われる。生まれて初めて恋に落ちたコイスティネン。しかし、コイスティネンはミルヤに利用されているだけだった。それを知らず、やがて彼は宝石強盗の濡れ衣を着せられてしまうのだった……】

というストーリー。

 作品本編に触れる前に、まず、本作の監督であるアキ・カウリスマキについて御紹介しましょう。

 アキ・カウリスマキは1957年フィンランド生まれの50歳。2歳年上の兄:ミカ・カウリスマキも映画監督として活躍しています。大学在学中より、映画評論家として注目を浴び、雑誌編集者としても活躍。その後、脚本家・俳優・助監督として映画製作の道に入っていきます。1983年に処女長編作品である『罪と罰』を発表し、映画監督として一本立ち。以後、コンスタントに作品を発表しており、『街のあかり』が16本目の長編作品となります。短編やテレビ映画の監督も続けており、比較的多作の人ですね。2002年の『過去のない男』でカンヌ国際映画祭グランプリ&女優賞を受賞した他、アカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされ、名実共に世界的に注目される映画監督となりました。映画監督業の傍ら、ヴィレアルファという映画製作会社&センソ・フィルムという映画配給会社を運営している他、ヘルシンキ中心部にてシネマアンドラという映画館も所有しています。人生全体を映画で覆ったような生き方ですね。余談ですが、ヴィレアルファという会社の名称は、ジャン=リュック・ゴダールの『アルファヴィル』から命名したそうです。こんなところにも彼の部類の映画好きぶりが垣間見えて微笑ましいものです。ヨーロッパのみならず、世界中の映画を見ている熱烈なシネフィルとしても有名で、日本映画に関する造詣も相当なもの。『ベルリン 天使の詩』のヴィム・ヴェンダース監督と並ぶ小津安二郎信奉者であり、『小津と語る Talking With OZU』というドキュメンタリー作品に出演したりもしています。

 さて、そんなアキ・カウリスマキですが、日本でその名が知られるようになったのは1990年に『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』が公開されてからとなります。馴染みのあまりないフィンランドという国から変わった映画がやってきたということで話題となり、同じ年に『真夜中の虹』『マッチ工場の女』が相次いで公開されました。この年が、日本でのカウリスマキ元年ということになります。以後、新作が日本公開される度に熱烈なファンを獲得し、現在までに全ての長編作品が劇場公開されています。

 アキ・カウリスマキ作品の主な特徴は以下の4点です。

 最も上映時間の長い作品でも 103分。『街のあかり』は78分という短尺。
「短いなあ」と感じるでしょう? 2時間を超える作品がゴロゴロ転がっている中で、アキ・カウリスマキの作品は一際その短さが目立ちます。しかし、その上映時間の中に色々なものがギュッと詰まっているんですね。ユーモアや悲哀がギュッと凝縮されていて、どの作品を見ても人生の縮図として立派に機能しています。短いからといって内容が疎かなわけでは決してありません。その中で、仏頂面をした寡黙なキャラクターが見事に活かされているのです。アキ・カウリスマキ作品の登場人物は、ほとんど喋りません。必要なことを最低限しか口にしないのです。「セリフ、ないの? なんだか退屈そう……」って? そんなことはありません。その仏頂面・寡黙さに潜むペーソスやユーモアたるや絶品と言えます。そこを増幅するのが、卓越した音楽センス。『過去のない男』では、日本のクレイジー・ケン・バンドの楽曲を使用するなど、世界中の楽曲を自作に使用して、類稀ざる効果を生んでいます。その結果生まれるのがアキ・カウリスマキ独特の映画世界。どこを切り取っても、そのワンカット・ワンカットがアキ・カウリスマキのテイストに溢れ返っています。

 さて、今回御紹介する『街のあかり』ですが、これは【敗者三部作】の最終章とのこと。『浮雲』で <失業> を、『過去のない男』で <ホームレス> を描いたアキ・カウリスマキですが、本作では <孤独> をテーマにある男の人生の一局面をじっくりと描いて見せてくれます。アキ・カウリスマキは、以前にも【負け犬三部作】(『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』『コントラクト・キラー』)を発表していることからわかるように、苦しんでいる人を描くのが好きなようです。苦しい生活・苦しい人間関係、苦しい人生。その中で、胸に染み入る温かさを描いて、人間の素晴らしさを描くんです。だから、彼の作品は観ていてつらいんです。つらいけれども、そこここにユーモアがある。つらいけれども、観終わってみるとググッと感動がせり上がってくる。そういう作品を撮る人です。

 今回の『街のあかり』も。やはりアキ・カウリスマキ印に満ちた作品です。
これまでの作品と比べて、一際リアリズムが強調されており、主人公:コイスティネンの転落ぶりがズシンと重くのしかかってきますが、それゆえに感動もひとしお。決して悪人ではない人間が、愛した相手に裏切られ、弄ばれた挙句にボロボロに傷ついている。その心にポッと灯される灯り。灯りというのは道標みちしるべですね。「もう、どうでもいい」「死にたい」「俺はダメだ」、そう思っている男の心に、とある人物が一つの灯りをポッと灯すんです。その一言がその男の道標となるわけです。それが『街のあかり』というタイトルに現れているわけですが、これは見事なタイトルをつけたものだなと関心しました。孤独な主人公は街でいつも1人。「街」というのは、ここでは「人生」の言い換えですね。希望という火が心という燭台に灯されるのです。どん底になって初めて決して1人ではなかったことがわかる。この心の救済が深く胸に残ったものでした。是非、多くの方にご覧頂きたい秀作です。

 それでは、また劇場でお逢いしましょう!!

P.S. 『街のあかり』の公開を記念して、一部劇場では、アキ・カウリスマキ監督作品の特集上映が行われています。そちらもおすすめですよ。

街のあかり http://www.machino-akari.com/

 希望を灯す

LAITAKAUPUNGIN VALOT
 LIGHTS IN THE DUSK
 LICHTER DER VORSTADT
 LES LUMIERES DU FAUBOURG
2006 78分 フィンランド/ドイツ/フランス監督・製作・脚本:アキ・カウリスマキ 撮影:ティモ・サルミネン 編集:アキ・カウリスマキ 音楽:メルローズ 出演:ヤンネ・フーティアイネン/マリア・ヤンヴェンヘルミ/マリア・ヘイスカネン/イルッカ・コイヴラ/カティ・オウティネン

7月7日〜東京:ユーロスペース大阪:梅田ガーデンシネマにて公開中以後全国随時ロードショー
詳しくは公式HPにてご確認下さい

2007年7月16日号掲載

< リトル・チルドレン(2007/7/30) | 100万ドルのホームランボール(2007/7/2)>

▲このページの先頭へ


w r i t e r  p r o f i l e
turn back to home | 電藝って? | サイトマップ | ビビエス