4週に渡ってお送りしてきた【銀ナビ戦争ドキュメンタリー映画特集】も、今回が遂に最終回となります。
今回御紹介する作品は『陸に上った軍艦』です。「陸」と書いて「オカ」と読むそうです。
この作品、ドキュメンタリー(記録)部分とドラマ(劇)部分が混在した、ちょっと珍しい構成になっています。この特集で、これまでに採り上げた作品は全て純粋なドキュメンタリー映画ですが、本作は100%のドキュメンタリー映画ではないのです。しかし、この作品には、これまでに採り上げた3作品に繋がる作り手の思いが溢れているんですね。そのため、急遽、この作品も御紹介することとしたわけです。
さて、本作で、原作・脚本・証言(ドキュメンタリー部分での出演)の1人3役という獅子奮迅振りを見せる人物がいます。その名を新藤兼人と言います。日本映画に親しんでいる方なら、その名は巨大なものですね。名脚本家にして名監督。戦後の日本映画界の歴史を、現役映画人として常に第一線で見つめ続けてきた御仁です。1912年広島生まれですから、現在95歳!! 日本最高齢の現役映画監督ということになります(ちなみに世界最高齢は、おそらくポルトガルのマノエル・デ・オリヴェイラで、なんと98歳! 日本第2位はおそらく市川崑でしょう)
いやはや、90歳を超えてますます盛ん。今でもコンスタントに監督作や脚本作を世に放っているそのバイタリティたるや凄まじいものがあります。では、新藤兼人をここまで掻き立てている情熱の根本とは一体何なのでしょう? それはきっと <戦争> であり <人間> であるのではないでしょうか? 彼は、現在までに『原爆の子』『第五福竜丸』『さくら隊散る』といった監督・脚本を兼任した作品で、太平洋戦争や核実験の実態を描き続けてきました。『軍旗はためく下に』『激動の昭和史 沖縄決戦』といった脚本のみの作品も<戦争> を描いた作品です。 もちろん、戦争映画だけを手掛けているわけではありません。実に多彩な作品を手がけています。その中で一貫しているのが、どんなスタイルであれ、新藤兼人は <人間> を見つめているという視線です。人間だからこそ見つめる(=考える)ことの出来る事実。人間だからこその素晴らしさ。人間だからこその愚かしさ。新藤兼人は、常に人間として、人間の姿や人間の引き起こす事象を描き続けてきました。気骨の人と言えるでしょう。心の底から敬意を覚えます。
そんな新藤兼人ですが、「死ぬ前にどうしても撮っておきたい作品が1本あるんだ!!」と言います。タイトルを『ヒロシマ』という作品です。脚本も既に出来上がっていて、あとは撮るだけ……、と言ったら簡単なように思いますが、事態は非常に深刻なようです。お金の問題です。製作費がなかなか集まらないのです。監督は「どうしても15億円欲しい!」と叫んでいます。
「5億やそこらで撮っては、今の時代の観客は『な〜んだ…… 悲惨だと聞いていたけれどこんなもんか……』と思ってしまう。精巧で大規模な街のミニチュアセットを作って、CGを使わずにそれをぶっつぶしたいんだ。それが絶対に必要。そうできないなら、撮るべきじゃない。そして私は死ぬ前にどうしても『ヒロシマ』を撮りたいんだ!!」という思いだそうです。どうです? 日本映画界の巨星念願のこの企画、見たくありませんか? 私は是非見たいです。
しかし、製作費が集まらない。しかし、集まらないから、じゃあもう諦めるかといったらそうではないところが、新藤兼人が新藤兼人である由縁なのですね。「今、全額が集まらないなら、実現するまで色々な映画を撮り続ける&書き続ける!!」というスタンス。その中で生まれたのが、近年の作品であり、本作であるわけです。
さて、今回の銀ナビ特集4作品(『ヒロシマナガサキ』『ひめゆり』『TOKKO−特攻−』『陸に上った軍艦』)には共通点が2つあります。
一つは、【4作品全てが戦後生まれの監督による作品】だということ。
「えっ!? だって、新藤兼人は戦前の生まれでしょ?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。そうです。新藤兼人は確かに戦前のお生まれです。しかし、本作では、監督を担当しませんでした。私も、当初は意外に思いましたが、彼はこう話しています。
【戦争を知らない若い人に撮って欲しいと思ったから、自分で監督しなかった】
本作の監督は、近年の新藤兼人作品で助監督を務めてきた山本保博。1959年生まれの48歳ですから、戦後の生まれですね。本作が監督デビュー作となります。具体的に本作の内容に触れる紙数がないのですが、ドキュメンタリー部分とドラマ部分の混在という斬新な構成の中で、これまでの新藤作品と変わらず <人間> がしっかりと描かれています。実に見応えのある作品でした。時に、笑いさえこみ上げてくるコミカルな描写に潜む <戦争の狂気> にハッとしますよ。新藤兼人が脚本に込めた心を、山本保博という新人監督がきちんと受け止めたというわけです。これは映画人によるリレーのバトンタッチという側面がありますね。<伝える→受け取る> という形です。
さて、ここで今回の特集で採り上げた4作品に共通するもう一つの点を明らかにしておきましょうね。それは【被写体として証言をした人々には、皆、現代の人々に伝えたい想いがある】ということです。『ヒロシマナガサキ』の被爆者や原爆投下作戦参加者、『ひめゆり』の <ひめゆり学徒隊> 生存者、『TOKKO−特攻−』の特攻隊生存者や元米兵、そして『陸に上った軍艦』の新藤兼人。彼らは皆、「今だからこそ、話しておきたい。伝えておきたい」という気持ちで作品作りに参加・企画しています。以前なら「絶対に話したくなかった」と思っていたことを、 今、話してくれるのです。 新藤兼人は『弱兵戦記』と題した文章でこう書いています。
【お前らはクズだ、と足蹴にされた兵隊も、日本のために闘ってきた一人の日本人なのだ。】
【多くの戦記読物がある。だが弱兵の記録はない。なぜなら、彼らは穴を掘り、殴られ、雑役に追い回されただけだからだ。そんなみじめな戦記を誰が書くか、思い出したくないのだ、戦争そのものを。】
としながらも、新藤兼人は『陸に上った軍艦』の脚本を書いたのです。『ヒロシマナガサキ』『ひめゆり』『TOKKO−特攻−』の証言者たちも、証言したのです。なぜでしょう? 人間の命には限りがあるからです。「何年後かわからないけれど、私は近い将来、死んでしまう……」という絶対の事実が、戦後60年以上を経った今、大きくなってきたのでしょうね。限りある命だからこそ、つらい経験とその経験を通した想いを伝えておきたいという気持ちになったのでしょう。我々にとっては、本当にありがたいことですよ。
彼らの望むことは、今の日本の平和が永遠に続いて欲しいということ。そして、その今の日本の平和は、戦争という忌々しい事象の下に生まれたものであることを忘れて欲しくないということです。だからこそ、彼らは、つらい <記憶> を <記録> として残してくれたのです。この <残されたもの> を、我々は <受け取り>、 そして <伝えて> いかねばなりません。それは平和を維持していくことに必要不可欠なことだと思うのです。世界規模で、名も無い・罪も無い人々がいたずらに命を落とす(殺される)ことになる戦争。こんな不毛で残酷なことは他にありません。彼らの体験談を、映画という形で目にor耳にし、現代日本の平和の尊さを維持していかねばならないのです。
それには <伝える→受け取る→伝える……> という絶え間ない流れが必要となってきますね。今回特集した4作品には、その流れの萌芽があります。
映画が平和のリレーを始めたわけです。「このリレーがずっとずっと続きますように。そのバトンが1人でも多くの観客となる人々の心に受け取られていきますように」と願って、今回の特集を組みました。いかがでしたでしょうか?
今回の特集をお読み下さった方々にお礼を。4週間に渡ってお付き合い頂き、ありがとうございました。
それでは、また劇場でお逢いしましょう!!
P.S.今回の記事執筆にあたり、『陸に上った軍艦』の配給会社:パンドラ様と、宣伝会社:マジックアワー様に文字資料の提供を頂きました。心から感謝致します。
陸に上った軍艦 http://www.oka-gun.com/
伝えておきたいことがある
2007 95分 日本
監督:山本保博 原作・脚本:新藤兼人 撮影:海老根務(ドキュメンタリー部分) 林雅彦(ドラマ部分) 編集:渡辺行夫 音楽:沢渡一樹 語り:大竹しのぶ 照明:山下博(ドキュメンタリー部分) 奥村誠(ドラマ部分) 出演:蟹江一平/滝藤賢一/三浦影虎/鈴木雄一郎/友松タケホ/藤田正則/大地泰仁/川上英四郎/大塚祐也/桜木信介/井川哲也/新田亮/若松力/壇臣幸/池内万作/ユウキロック/宮沢天/浅田圭一/森内遼/中田潤/植村宏司/塚本浩平/西川方啓/岸本啓孝/宮澤寿/日之出清/戸口義隆/若山慎/佐治和也/太田鷹史/加藤新平/青木壮一郎/加藤忍/今井和子/森脇由紀/八木優希/氏家恵/柳下季里/黒崎照/二木てるみ
東京:ユーロスペース
名古屋:シネマスコーレ
大阪:シネヌーヴォ
京都:京都シネマ
神戸:シネ・ピピア
などにて絶賛上映中他、全国公開中or公開予定あり
アジアフォーカス・福岡国際映画祭でも上映(@ソラリアシネマ1にて):
1回目:9月17日(月・祝)13:15〜 2回目:9月20日(木)10:30〜
2007年8月27日号掲載