銀幕ナビゲーション-喜多匡希

丘を越えて

丘を越えて 池脇千鶴さん&日下部孝一プロデューサー
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丘を越えて
©「丘を越えて」製作委員会2008

 文明開化の波に、日本にモダニズム旋風が吹き荒れた昭和初期。それは関東大神戸震災から太平洋戦争に至るまでの束の間の平安期でもあった。そんな時代にスポットライトを浴びた人物がいた。直木賞・芥川賞の創設者であり、文芸春秋社の創始者であり、映画会社大映の初代社長であり、そして人気作家であった菊池寛である。

 本作は、菊池寛の私設秘書・葉子を主役とした時代色豊かな人間ドラマ。菊池寛と、文芸春秋社の社員であった朝鮮人青年・馬海松(マー・カイショウ)との間で揺れる乙女心を主軸に物語を展開しているが、青春ラブストーリーに終始することなく、明るく楽しい人間讃歌・人生讃歌として昇華されているのがミソ。藤山一郎の『丘を越えて』にのせて繰り広げられるミュージカル映画ばりのレビューシーンに込められた深く温かい優しさが心の芯まで染みてくる。『TATOO[刺青]あり』や『光の雨』など、重く痛々しい作品のイメージが強い高橋伴明監督が、かねてより熱望していた <明るい映画> を見事に撮り上げてみせた。

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©「丘を越えて」製作委員会2008
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 菊池寛を演じる西田敏行のそっくりぶり、馬海松を演じる西島秀俊のどこか屈折した美青年ぶりを全身で受け止めるのは、ヒロイン・葉子を演じる池脇千鶴。以前から注目していたが、いよいよもって映画女優の香りを身につけてきた。葉子の母親を演じる余貴美子も抜群の上手さ! 戦争の足音を感じさせながら、決して重苦しく幕を閉じないというところに、本作の魂がある。

 映画マニアなら、高橋伴明監督が、エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』をやっていると言えばおわかりいただけるだろう。広く御覧頂きたい秀作。

『丘を越えて』の公開に際し、主演の池脇千鶴さんと日下部孝一プロデューサーにインタビュー取材させて頂きました。囲み取材でしたが、今回は当『銀ナビ』からの質問に搾ってインタビューの模様をお届けします。

西田敏行さんは、西島秀俊さんと、池脇千鶴さんと是非共演してみたいと願っておられたそうですね。西田さんはとても菊池寛にそっくりでしたが、それが単なる外見的なモノマネに終始していません。長唄のシーンなどで芸達者なところを披露されています。西田さんとの共演はいかがでしたか?

池脇  凄い俳優さんです。『釣りバカ日誌』のハマちゃんや、TVの深夜番組『探偵ナイトスクープ』の局長のイメージが強くて、コミカルでかわいらしいというイメージがあったので、現場ではずっと「局長!」って呼ばせていただいていましたが、本当に凄い方で。共演したいだなんて仰っていただいて、本当に嬉しいですね。光栄です。

私は、現代日本映画界で <映画俳優> というと、男優だと西島秀俊さん、女優だと、池脇千鶴さんが真っ先に思い浮かぶんです。これ、お世辞じゃないですよ(笑) 池脇さんはTV作品にも数多く出演されていますが、スクリーンにも凄く映えるというか。西島さんや池脇さんが出ていらっしゃると、途端に映画が呼吸を始めるというような気がします。しかし、これが個人的にはとても意外だったのですが、西島さんとは初共演なんですよね? どこかで共演されていたように思い込んでいたのですが、調べてみると初めてということで……西島さんはどのような方でしたか?

丘を越えて 丘を越えて

池脇  実は、私も以前に共演させて頂いたことがあるとばかり思い込んでいたんです。私自身意外でした。「あ、初めてだっけ?」って(笑)西島さんも凄い方ですよ。監督のスタートの声がかかった瞬間に、そこにいるのは馬海松なんです。切り替えもすごいし、カッコイイし。あ、あと、イメージとしての西島さんは <映画少年> ですね。

西島さん、映画が本当にお好きだそうですよね。東京で映画館に行くと、普通に観客としていらっしゃったりして。「あ! 西島さんだ!」っ ていう(笑)

池脇  そう! そうらしいですね。もう、ホントに「俺は映画が好きだぞー!!」という方です。

高橋伴明監督とは『火火(ひび)』に続いて2度目の顔合わせとなりますね。前作でも驚いたのですけれど、本作はより驚きました。なぜかというと、高橋伴明さんというと、どちらかというと重くて暗い作品というイメージがあったんですが、作風がかなり変わってきたというイメージがありますね。

池脇  前作の現場と比べても、高橋監督はかなり変わられたという印象がありました。撮影に入ってしまうと、ほとんど何も仰られない方なんですけれど、変わったというのはわかりました。

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©「丘を越えて」製作委員会2008
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この『丘を越えて』という作品は、菊池寛が主役ではなくて、池脇さんが演じられた葉子という私設秘書の若い女性が主人公です。その中で、本作を私は <挟間の映画> だと感じました。葉子は、菊池寛と馬海松の挟間で揺れています。それは少女から大人の女性になる挟間の時期です。そして、馬海松の存在によって、日本列島と朝鮮半島の挟間でも揺れますね。また、江戸っ子気質あふれる言葉遊びを駆使しながら、モダンな洋服を着たりもする。これは日本情緒とモダン文化の挟間を表していますし、なにより、本作で描かれた時代というのは、戦争に向かう束の間の平安期であり、これも挟間なわけです。

池脇  うんうん。そうですね。その通りです。

その <挟間の映画> として、ラストは、戦争の足音を感じさせつつ、ある種の暗さを余韻として残しながら、重々しく締めくくるというアプローチでもおかしくないんです。いや、これまでの日本映画の作り方で言うと、その方が自然だとも言えます。けれど、本作はそうしない。唐突とも思えるミュージカル風のシーンが用意されていて、そこに本作のテーマがギュッと詰まっているように思えたんです。だから、試写室を出る時、とてもウキウキした気分になることができたんですね。ここが、いかにもこれまでの高橋伴明監督らしくないところなんですが、池脇さんはこのシーン、どう思われました? また、脚本を読んだ時、あまりの唐突さに驚かれませんでしたか?

池脇  いやー、驚きました。あまりに唐突ですよね。仰る通りですよ。脚本を読んだ時は「急にこんな明るく楽しいシーンになって、完成した映画はどんな作品になるんだろう?」とすごく不思議でした。演じている時は、不思議に思う余裕もなくて必死だったんですけど、出来上がった作品を見て、「あ、これで良かった。本当に良かった」と思いました。でも、あまりに唐突なのでついていけないという方もいらっしゃるかと思うんです。でも、私はこれで本当に良かったと、そう思っています。

確かに、セオリー通りでは全くないです。シュールといえるほどですが、この作品の肝はこの明るく楽しい人生讃歌・人間讃歌にこそあると思うんですよ。

池脇  スタッフの方がこう仰って下さったんです。「こんなに明るい昭和は初めて映画で見た」って。それがとても嬉しくて。「あ、コレだ!」って思いました。

本日はありがとうございました。続く『20世紀少年』でもスクリーンでお会いできますね。

池脇  はい! もう撮影が終わりました。これからも頑張ります。

 さらに、池脇千鶴さんのインタビュー終了後、日下部孝一プロデューサーにも直撃取材しました!

お忙しい中恐縮ですが、日下部さんにもプロデューサーとしてお話を伺わせて頂いてよろしいでしょうか?

丘を越えて 丘を越えて
©「丘を越えて」製作委員会2008

日下部  どうぞ、どうぞ。 

まず、池脇千鶴という女優は、日下部さんから見てどのような存在 でしょうか?

日下部  彼女のような女優さんはなかなかいませんよ。あの西田敏行さん、西島秀俊さん、余貴美子さんを目の前にして物怖じしないというか、実に堂々としていて、それでいて <和む> でしょう? そういう女優さん、誰か居ないかな?、と思った時、彼女がポンと頭に浮かんだんだけど、その他となると、ちょっと思いつかないですよね。

それでは、プロデューサーとして望まれたキャスティングが実現したというわけですね?

日下部  キャスティング、私が交渉を進めたのですが、そうですね。凄い俳優さんが揃って下さったなと。

観客の方に何かメッセージをいただけますか?

日下部  日本映画で、戦争や戦争の影を描くと、どうしても暗い映画になってしまう。今までそうでしたよね。でも、そういった重く苦しい中でも、健全な人間の営みはあったはずなんですね。笑いもあったし、明るさもあった。だからこそ、人間なんです。そうじゃなかったら、今、我々はいないですよ。なのに、暗くなってしまう。そこに挑戦してみたかったんです。貴方が先ほど仰っていた <明るさ>。それがこの作品の一番大事なところなんです。今までの高橋伴明監督になかったものだけれど、彼はずっと <明るい映画> を撮りたがっていましたし、これだけのキャストが揃って、出来栄えも良かったでしょう? だから、前向きな映画ですよ、と。その前向きさを、多くの方に受け取っていただければと思います。

お忙しい中、お時間をいただいてありがとうございました。

 戦争を描くと暗くなってばかりという日本映画の在り方に意義を唱えつつ、それを豊かな人間讃歌として表現してみせたというところ、やはり本作の魂はそこにこそあります。多くの方に受け取っていただきたいと、私も強く思う次第。おすすめの作品ですよ。

 

池脇千鶴 プロフィール】1997年、テレビ東京ASAYANのオーディションで8000人の中から市川準監督に見初められてデビュー。1999年、市川監督作品『大阪物語』で映画デビュー、毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞、第73回キネマ旬報新人女優賞などを受賞。2001年〜2002年、NHK連続テレビ小説『ほんまもん』主演。2002年、アニメーション映画『猫の恩返し』で主役・吉岡ハルの吹き替えを担当。2004年、『ジョゼと虎と魚たち』で妻夫木聡とのベッドシーンに挑戦、高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。2007年NHK大河ドラマ『風林火山』ではヒロインの一人に抜擢。三条夫人の悪女説を覆す、心の美しい女性を演じている。

丘を越えて http://www.okaokoete.com/

5/17〜 東京:シネスイッチ銀座、新宿バルト9
5/17〜 大阪:梅田ブルク7
5/17〜 兵庫:109シネマズHAT
5/31〜 京都:京都シネマ
6/14〜 滋賀:水口アレックスシネマ
その他、全国公開中&順次公開予定

2008年5月19日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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