集中するときの感覚が、鮮明に映される。それは、すいこまれてゆくような感じ。小石が水にトプンと、いや音もなく浸かる。頭の芯がしびれ、目の前のことだけに気が向けられる。それまで四方に散っていた気の繊維が一気に束となってゆく。さらに、私の意識は静かな闇の底、一点に向かって吸い込まれてゆく。“無い”という感覚から、その先に豊かなイメージの湧泉が見えるような気がする。何かが広がっている――甘美な予感が漂う。
そんなことを、「グロコス」を読んでいてイメージしていた。生命の始原である海へ潜り続ける青年、シセの一生が描かれる。南の海原に産み落とされ、海に愛された男は、かつての世界記録保持者であるクロードに見出され、フリー・ダイビングの世界へ飛び込む。海の更なる深みを目指す選手たちのなかで、シセは技術やライバルといった世俗的な支えを超えて、ただひたすら自分の“始まり”に惹かれていく。
スポーツ漫画にありがちな、根性や熱血といった精神論を振りかざすのでなく、己の内側に向かい続ける主人公たちには何とも新鮮で、いわく言い難い魅力を持っている。ストイックといった言葉で彼を表現することは難しい。そもそも彼は一般に言われる欲望とは無縁の、もっと純粋な存在である。そのため彼の心に映し出されるのは、もはや形を持った何かではなく、静かで、より深みへ行こうとする精神的なあり方だけだ。
これはある意味、宇宙という永遠の世界へ憧れる人々の姿とも似る。宇宙飛行士を題材とした作品はここのところ何点か見られるようになってきた。これらはしばしば精神的なテーマを正面からとりあげており、感動的な作品となるが、『グロコス』はそういった作品群よりも、さらに奥深くへと主人公が潜ってゆく姿を見つめている。ここには潔さがある。エピソードを神話と並行させ、ラストをあえて明確にしていないところも神秘性を増している(知人によれば、中途半端だ打ち切りだとか言うが、ぼくはそう思わない)。
他の作品でもそうだが、たなか亜希夫氏が描く登場人物は、本来、肉体と精神とは密接に馴染みあい、不離一体のものだということを強烈に思い出させてくれる。
『グロコス』は、氏の作品群の中でも抜きんでて、そういったごく当然のことを、幻想的な美しさとともに結実させた稀有な作品だ。宇宙モノを読むなら、これも読んどけ!!
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