古今漫画夢現-text/マツモト

三島衛里子『高校球児 ザワさん』

男子と女子のほんのささいな、
でもすごくリアルな出来事

野球マンガで女性が活躍することは少ない。もちろん『野球狂の詩』(水島新司)や『剛球少女』(田中誠一、千葉きよかず)、『鉄腕ガール』(高橋ツトム)、『君は青空の下にいる』(森本里菜)など、あることにはある。これらの作品では、女性が野球をすること自体が既存の価値観をひっくり返すような意味を持っていることが多い。もちろん、『砂漠の野球部』(コージィ城倉)や『大きく振りかぶって』(ひぐちアサ)などでは女性監督の登場など、選手とは違った形での活躍も描かれてはいるのだけど…実際そこんとこどうなってんの、と思わないこともない。

そんななか、最近ビッグコミックスピリッツでは『ザワさん』という野球マンガが連載されている。これは高校野球で部員をやっている女子高生の話だ。都澤理紗、通称ザワさん。野球が好きで好きで、男子部員に交じってバリバリ練習する。もちろん試合にも出たいし、マウンドにも立ってみたい。でも現実には、女性は公式試合に出られない。彼女はそれを分かって入部し、男子部員と一緒に走り込みもする。監督にビンタを喰らうことだってある。

2巻の最後にはこんなエピソードが挿まれている。先輩部員がお互いに、ハムストリングがどうだと筋肉自慢をしあっている。数日後、ザワさんも自分のを見てみると結構いい感じにきれている。思わず嬉しくなって「ハムがいつになくキレてるんです!」とスライディングパンツをめくって太ももを見せるザワさん。でも、それに対する男子の反応は「お前、頭大丈夫か?」……無理もない。男子が直視するにはちとキツ過ぎるのだ。青春まっさかりの高校球児には、ザワさんの存在はどーしても引っかかる。同じ練習をしてる者同士、男女の区別なんて関係ねえ!とふだんから意気込んでみても、彼女の存在に彼らはモヤッ…とする。もう純粋というほどガキでもないし、モヤモヤを隠して余裕面こいていられるほど大人でもない。「その晩、彼女は『男と女の壁を感じる』と一人で泣いた」というモノローグがなんともしんみりさせる。

彼女がどんなに高校球児をやっていようとも、他の部員にとってザワさんは異物なのだ。違和感なしには済まされないし、決して他の男子部員と同じにはなれない。こういうとき、たいていのマンガでは上に挙げた作品のようにサクセスストーリーへと向かう。ある意味、これは逃げの定石ともいえるだろう。強くなる・勝ち進むという至上命題は、女性であることが克服されるべきことにすり替わる。“女性であるとはどういうことか”という問題に向き合うことはない。

しかし、『ザワさん』は必ずしも勝ちに答えを見出していないような気がする。ザワさんが女、というのは越えられない壁だ。それに対し、彼女はひたすら、男子に交ざって練習する。ただ野球が好きで、練習する。男女の違いがなくなればいいのに…と少し思いながら。この男子と女子のほんのささいな、でもすごくリアルな出来事が、少しずつ積み重ねられていく。ありそうでなさそうな、この妙なリアリティがものすごくドラマティックでもある。

ザワさんはどうなるんだろう…そんな心配はする必要ない。良い意味でも悪い意味でもどうもなりません。ザワさんは野球部員として頑張るだけ。それだけで十分にかっこいい。男子たちのモヤモヤや、ザワさんのひたむきさで日常が綴られていく『ザワさん』は、男性誌のなかで実にしっかりと青春マンガしているといえないだろうか。くじけずがんばれ、ザワさん!!

2009年8月17日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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三島衛里子『高校球児 ザワさん』(BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)小学館、第1巻 p.100 第10話「アンダーシャツ」
制服の下にアンダーシャツを指摘され、目の前で着替えてしまったザワさん。もういろんなことをすっ飛ばしてかっこいい、としか言えない。

同第1巻 p148 第16話「散髪(1)」
まれに見るザワさんの無邪気な笑顔。なごむなあ。でも見ている側はモヤモヤ。
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