あ ら す じ

 寝室は別棟にかためられていた。美郷の部屋に先頭で入ったのは、やはり恋だった。

「こういうの……嫌いじゃないけど」

 怒りを抑えて笑った恋。あまりのショックに倒れる美静の母。凄惨な室内の様子に対する反応はそれぞれだった。

 美郷は、ふかふかのベッドの上に仰向けで倒れていた。白いシーツに鮮やかな赤が映えていて美しい──というのは、恋ならこう形容するだろうという愛の正確な推測だ。美郷は上半身を右から斜めに切りつけられ、そのまま放置されている、そんな状態。深い傷なのか、出血量も相当だ。血が流れて、床に滴り落ち、水溜りならぬ血溜りを作っている。

「救急車はさっき呼んだんだよね」

「はい」

「警察は?」

「これから」

 手をどす黒い赤に染めながら、美郷の首で脈を取る恋。怖いくらい平静を保っている。かくいう愛もだが。

「ほら、だから言ったでしょ?」

 小さな声に、恋の耳がピクリと反応した。

「この家には霊がいるんだ。すっかりみんな取り憑かれちゃったじゃないか」

 利羽はそう言い、切り揃えられていない前髪を払うと、暗く焦点のない瞳で恋を見た。それを見返す恋の目は、美郷を犯人と指差した時の色。

「それはどうかなぁ? これは人間が人間を殺した殺人事件だよ」

 声色だけふざけたままなのが、逆に恐ろしかった。

「まだそんなこと言って……仕方なくアンタに任せといたのに、このザマじゃないか」

「今度はお兄さんだって一緒にいたでしょ、ぼくらはずっと一人にならなかったんだ」

 そう、それは恋の指示どおりだった。

「霊じゃなければ、自分で死んじゃったんだね」

 確かに、常に互いに監視しあっていたこの状況で、誰にも気づかれず毒を盛ったり、リビングから離れた棟にある寝室で人を殺したりするのは不可能に近い。特に美郷を切りつけることは。

 この寝室の立地条件が、それを裏づけている。

 

2006年2月20日号掲載

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