古典的なラブコメで行けば、急接近! だが現実世界では喧嘩するほど仲が悪い。これが真理だ。
愛久と菫がそんな時間を過ごしていたことを知るはずもない恋は、到着した警察の気が滅入る質問の嵐をかいくぐり、割り当てられた寝室のベッドに飛び乗って、うつ伏せになった。
東棟は、奥から美郷の部屋、美静の部屋、菫の部屋、俊子と利羽の部屋、鬼塚家母の部屋、白崎兄弟の部屋という部屋割りだ。白崎兄弟の部屋は階段からめっぽう近い。
「むぅ……」
血染めの服を早く着替えなければ。脳から筋肉に信号を送っても、うなり声しか出ない。疲れた。
こういう時はアレしかない!
恋は自由帳を開いて、新しいページを出した。愛用のちびた鉛筆を手に、寝そべったまま落書きを描き始めた。今日は珍しくホラーイラストではない。というか、様々なイメージが流れ星みたいに矢継ぎ早に脳の端に出て来るので、それを追って描いていたら、一ページ丸ごと統一感のない駄目イラスト特集になってしまった。
「あーあ」
大好きなギャグ漫画の“パパ”を描いたところで、恋は自由帳を放り投げた。
「痛」
「にょ! しまった」
部屋に入って来た直後の誰かに当たってしまったらしい。恋は慌てて起き上がった。
「ごめん、ごめん……なーんだ、愛か」
「期待はずれで申し訳ありませんね。もやもやしているからと言って、ものにあたらないように」
眉間に皺を寄せた愛が、自由帳を丸めて恋の頭を叩いた。
「注意の仕方が父さんじみてきたぞ、近頃」
要は年寄りくさいと言いたいらしい恋の嫌味をいかにしてかわすか、愛は、整頓された鞄から寝巻き代わりの黒い長袖Tシャツを取り出しながら考えたが、
「光栄です」
と、爽やかな笑顔で、真に受けるという最高の嫌味を返しておいた。
「ちぇ……そういうとこも父さんそっくりだ。ヤダヤダ」
「恋だって母さんに似ているよ。近頃、特にね」
恋は愛に背を向けるように寝返りを打ち、ついでに舌も打った。だが、愛は恋が喜ぶ情報を隠し持っていた。
「……恋、美静さんの毒は、ご飯茶碗の中から検出されたそうだよ」
「……誰に聞いたの?」
思ったとおり。恋はすぐにこちらに寝返りを打った。目が尊敬の念に輝いている。愛はにっこり笑った。
「コレで、警察の方から」
「その笑顔で? よし、今日から君のことはスマイリー愛と呼ぼう」
指を立てて提案した恋。
「変なニックネームはやめてくださいね」
早いうちに止めておかないと、本気でその愛称を流される。
本当は笑顔だけではなかったのだが、詳しくは企業秘密である。立ち聞きとかメモを横目で覗くとか、スマートとは言いがたい方法だ。
「ご飯茶碗……あの、栗だっけ、モミジだっけ、統一された柄の?」
恋は思い出そうとして目を宙に泳がせた。
「全部はずれ。トンボ柄」
「そーだ。愛、すごいな、愛久みたいだ。……毒入りのヤツだけに何か印があったということは?」
「そこまでは調べていません……たぶん、なかったと思うけれど」
「だとしたら、犯人は、ずっと茶碗を見張っていなくちゃいけなかった。万が一、自分のところに毒入りが来たら困るからね」
愛は上着を脱ぎながら、自由帳に情報を書き込む恋の言葉に頷いた。
「しかし、犯人は美郷さんまで殺そうとしていたね」
「よほど遺産に執着しているんだろうさ。 100%全額を文句なく手にするために──。僕はまだ美郷ちゃん自作自演って説も捨てていなかったりするんだけど。あのませた子供が嫌いだから反論してみたよ」
愛は感嘆した。演技力抜群だ。同意見でありながら、嫌いな人物の発言だからという理由だけであそこまで否定できるとは。
「でも、恋は美郷さんも嫌い」
「生きている以上は容疑者の一人ってだけ」
この家に生きているすべての人間が演技している可能性がある、ということか。愛はシャツを畳みながら、気落ちした心をため息で吐き出した。恋はそれを聞き流し、枕を抱いて寝ようとしたが、ふと気になった。
「そういや、愛久は?」
「まだ、警察の方と話が終わっていないのかな……」
逃げ足が遅いのか間が悪いのか。愛久が心配になった頃、部屋の扉がノックされた。
丁寧にノックされた時点で、気づかなくてはならなかった。叩いたのが愛久ではないことに。
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