「お待たせー」
寝室から出て来た恋は、缶バッチのついたジージャンにチノパンという、街を歩くような洒落たいでたちだった。
「夜中に家の中をふらつく格好じゃないだろ、ソレ」
扉の外で何分も待たされた愛久が嫌味をこめて笑うと、恋はムッとした顔で愛久の上着を指差した。
「いつでも帰れるように、って言っただろ。愛久だってこれからゲーセン行くみたいな服じゃん」
ごもっともだ。鎖のついたドクロ模様のジャケットだって、家の中をふらつく格好ではない。
「このままテニスコート行って焼きうどん食べようか?」
「テニスコートなら道中にたくさんあったが……や、焼きうどんって?」
「群馬名物だ」と恋は本当かどうか怪しい知識を述べ、お気に入りのキャスケットをピザのように回して頭に乗せ、ニッと笑った。
「……さてと、参りますか」
そして恋は、凍える暗い廊下に、先頭をきって足を踏み入れた。

恋の作戦。いつだって奇抜で、美しくない。
今回は、俊子と利羽が警察と話をしている隙に、愛久を連れて二人の部屋に忍び込んで調べるという、犯罪にもなりかねない策をひねりだした。
最初は愛も侵入するはずだったのだが、ひっそり動くのに三人は多すぎる。美静の母を監視し、調査することも必要だ。
そして、菫を一人にするわけにはいかない、誰かがついていなくては──と恋は強く主張した。愛久は、「誰か」になるのを遠慮した。むしろ、まっぴらごめんだ。
結局、菫は愛に任せ、愛久が恋についていくことになった次第。

「変化があるトコはないかな?」
恋は愛久の記憶に問いかけた。愛に悪かったかな、なんてボーっと考えていた愛久は、あわてて注意深く周囲を見回したが、部屋に来るときに通った廊下そのままだ。
「ない」
「ないなら、ないのが一番だねぇ、調べる手間が省けるもの」
恋は、俊子と利羽の部屋の前で大あくびを噛み殺した。
「入るよ」
「早く開けろ」
ばれた時点でおしまいだ。だからこそ、すぐに逃げられるように上等な服に着替えたのだが。
せめて、何かつかんでから終わりたい。
恋が音を立てないようドアノブを両手で包み込んでゆっくりひねるのを、愛久はすぐ後ろからじっと凝視した。
罪の意識からか、走ってもいないのに息が苦しい。いっそひと思いに開けてくれ、と思ううちに全開になった。
と同時に、中のベッドの布団がもぞもぞと動くのが見えた。
「誰?」
おまけに喋った。愛久は思わずふるえあがった。
とっさにドアを閉めてしまえばよかったのだが、さすがの恋も、硬直してできなかった。
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