あ ら す じ

 急がなくては──。恋を探して、愛は屋敷内を走り回った。

 少しずつ明るくなってきたので、廊下の視界は良くなったが、あまりに急いで走り過ぎたので、庭先に佇んでいる恋をあやうく見落として、傍を通り過ぎてしまうところだった。

「恋! ここにいたんですね」

 恋は、玄関の外で、組んだ脚に頬杖をつくいつものポーズで座っていた。薄紫色の朝日が影を落としている緑の眼に、赤い紅葉が映りこんでいる。

「恋……美静さんのお母様の部屋に幽霊が出ました」

 あがる息で矢継ぎ早に説明する。昨晩の不思議な出来事を。

 美静の母親はベッドに横になったままで、憔悴しょうすいしきっていた。愛はできるかぎり優しい言葉をかけようとしたが、自身が受けたショックも相当だったので、うまくいかなかった。美静に何もしてやれなかったことを悔いているのは、愛も同じだった。

 恋が、隠れんぼをしているなどと利羽に大嘘をついていた頃──しんとした寝室に、突如、ノックの音が響いた。

 全員の息が止まる。

 真っ先に冷静になったのは愛だった。

 遮光カーテンを閉め、灯りも消してあったので、手探り状態でドアを開けようとした。が、その足を菫につかまれてしまった。

「いやぁ! 怖いから開けないで、愛ちゃん!」

「に、新垣さん!? ちょっと、離してください! 調査の一環ですよ!?」

 菫の力は意外と強く、振りきるのに時間がかかってしまった。

 そして、ようやくドアを開けた時には……ノックの主は、すでに姿を消していたのである。

「利羽君は恋と愛久と一緒だったし、俊子さんは警察の方とお話ししていた。美静さんのお母様には、その場で私と新垣さんがついていた。ノックをできた人間は誰もいないんです……いるはずのない人間がいた──幽霊なんて信じたくないけれど、私が証人になってしまったみたいです……。恋?」

 雨のように降る紅葉を眺めている恋は、愛の言葉にピクリとも反応しない。生気を失って、マネキンにでもなってしまったかのようだ。愛は怖くなって何度も名前を呼んだ。十一回目に呼んだとき、恋はやっと声を出した。が、心ここにあらずの抜けがらのままだった。

「……そう、この家には幽霊がいるんだよ」

「え? ……」

 体に積もった紅葉を払うと、恋は立ち上がった。

「さあ、僕らは、おうちに帰ろうか」

「恋!? ……」

 こちらを向いた恋の笑顔が、心配ごとを押し隠して笑うときの自分にそっくりなのを見て、愛は、あとに続く言葉をのみこんだ。

 白崎一行はそそくさと荷物をまとめ、鬼塚家の面々に睨まれながら挨拶を済ませると、数時間後には屋敷をあとにした。

 ツタが絡まり、昇りきった太陽に照らされても濃い影が消えずにどす黒い色をした洋館が、じっと恋たちを見送っていた。

 

2006年4月10日号掲載

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