あ ら す じ

 余計な奴は去った。

 念のため二日待ったが、あの憎たらしい緑頭は東京から戻って来る風はない。

 緑頭は多くの駒を持っていて、奇抜な発想と図太い神経も持っていた。

 あいつさえいなければ、もっと美しく上手に、任務を達成できたのに。

 でも、もう終わりだ。

 緑頭の駒を盗って使い、あざむくことに成功した。

 最後には謎を解く途中でおじけづいて、東京に帰って行った。やっぱりまぬけだった。

 この家には幽霊がいるのだ。幽霊は無敵の隠れ蓑だ。

 あとは、自分は、美郷の息の根を止めれば、任務終了である。

 美郷は病院にいる。

 病院は面会時間が決まっている。だからと言って、その時間以外に入院患者を殺せないわけではない。普通に考えれば難しいかもしれないが、なにしろ、この年齢だ。万一、とがめられたところで、言い訳はいくらだってきく。面会時間のうちに病院に忍び込んで、夜になるまで隠れていればいい。

 この際、危険な綱渡りだとは思わないでおこう。美郷を病院で殺さねばならないことになるなんて想定外の事態なのだ。緑頭のせいで計画を狂わされたと思うと、虫唾むしずが走る。

 美郷の病室の番号は昼間に確認済みだ。四十二号室。殺人の舞台にはぴったりの不吉な番号。

 ナイフはポケットに入っている。いつでも出せるようにポケットの中で握りしめている。

 足音が響く廊下をひっそりと一人で歩く。あとをつけられている気配があればすぐにわかるが、そんなものはない。

 行ける──。細かく震える手を病室のドアにかけた。そっと息をついた瞬間、

「……ねぇ……刃渡り何センチから銃刀法違反か、知ってる?」

 背後からかけられた──のんきな声。

 飛び上がって振り返った目に飛び込んできたのは、あごの下から懐中電灯で照らし出したあの緑頭の、不気味な笑顔だった。

 

2006年4月17日号掲載

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