あ ら す じ

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ──か」

 恋は緑色の髪を耳にかけると、懐中電灯を愛に投げてよこした。

 愛は、こうやって実際に光に照らして目の当たりにするまで、信じていなかった。

Bonsoirボンソワール──この挨拶をするのも二回目だね、利羽君」

 まさか利羽が犯人だったとは。


「一連の事件は利羽の犯行だ。いや、厳密には利羽だけじゃないけど」

 あの時──東京に帰ると宣言して屋敷をあとにした足で病院に向かう途中。恋は自分の推理のすべてを明かした。

 しかしその内容は突飛で、裏づけるものがない。つまり物証がなかった。

「証拠を求められたらどうするんです?」

「たしかに犯人なら必ず求めるだろうさ。でも……」

 物証は、作らせる。

 恋は強気にそう言いきった。が、愛は不安が拭えないのだ。恋の横顔が初めてはかなそうに感じられて。

 その不安は、愛に一つの推理を思いつかせ、新たな覚悟を生ませた。

「ナイフをよこしなよ。そんな危ないもの、持ち歩いちゃいけないよ」

「ナイフって何?」

 利羽は大きな瞳で恋を睨むときっぱりと言った。

「ぼくはお姉さんのお見舞いに来ただけだよ。ナイフなんて知らない。持っていない」

 たしかに今は持っていないようだ。ポケットに隠したのだろうか。暗がりだったので持っていたのかどうかもはっきりわからない。むやみに接近して確かめるのも危険だ。

「こんな時間にお見舞い?」

「ずっといたんだ、面会時間から。だって心配なんだもの……お兄さんたちこそ、何しているの?」

 質問される立場だった利羽は、逆に質問した。

「嘘ばっかりね、アンタ」

 菫は怒ったが、恋はうれしそうに微笑むと、

「隠れんぼの続き──決着がつかなくてね」

 と、わけのわからぬ嘘をついた。本当は、恋の裏での知名度と愛の口を駆使して病院に懇願し、菫と一緒にずっと張っていたのだ。利羽が来るのを待つ間、愛は勉強も読書も手につかなかった。神経衰弱も限界だ。利羽が早く来てくれて本当によかった。

「でも、それもようやく終わりそうさ。幽霊との隠れんぼなんてもうごめんだね……君が罪を認めないなら、トリック暴いちゃうよ?」

「だから、罪って何? ぼくは何もしていない。衛君の事件から、ぼくらは呪われていたのさ」

「違う。幽霊出現の前から、事件は始まっていた」

 恋はフッと冷静な顔になって、利羽を睨んだ。

「これ以上、幽霊のせいになんかさせておけない。君が起こした事件の全貌、真実を明らかにする……美静ちゃんとの約束を守る──」

 静かな病院で、静かに、終わりに向かって対決が始まった。

 

2006年4月24日号掲載

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