あ ら す じ

「衛君は葬式の準備で、初めて群馬に連れて来られたが、誰もかまってくれないので退屈していた。親・姉・伯母・従兄が集まる中、一人、リビングを出る。行方が知れなくなり、その後、遠く離れた粗大ゴミ置き場にあった冷蔵庫から死体で発見された……」

「間違いありません。愛久が書いたメモにもそうあります」

 恋の推理ショーのために、今回の事件に関する全情報を愛久がメモにまとめてくれてある。愛はメモと恋の話を照らし合わせる係だ。

「だね。……これだけだと、リビングにいた面々には衛君殺害が不可能と思える。しかし、もう一人の《利羽》がいれば、可能だ」

 恋は腕を広げた。ちょっと独裁者のような存在感だ。

「君か、もう一人の《利羽》なのかは、明言できないが、どちらかがリビングの外で待機していた。必ず衛君が一人になるチャンスがあると踏んで……。その読みは大当たり。衛君が一人になったところでそっと近づく。そして柔らかい笑顔でこう言うんだ──《一緒に、隠れんぼしない?》ってね……」

 事情を知らなければ、きっと、大真面目に語る恋を頭がおかしいと思うだろう。愛もひそかにそう思っているのだ。初めにこの推理を聞かされたときは、キレた頭でひらめいた机上の空論としか思えなかった。だが筋は通っているし、この事件すべてを幽霊のせいと決めつけてしまうよりは現実味がある。

 あとは、証拠。証拠だけなのだ。

「実際、隠れんぼをしているうちに冷蔵庫や山奥など危険な場所にもぐりこんで事故になるケースは多いんだ。子供は本気になると危険を見失ってしまうからね。だから君は、何度も繰り返し衛君に勝負を申し込んだ──彼が危険なところに隠れるまで。川辺、森、廃墟……そして、とうとう最後に衛君は冷蔵庫に隠れて、出られなくなった。いや、出て来るつもりはなかったかもね。《利羽》が二人いて自分の命を狙っているなんて夢にも思わず、君がちゃんと見つけにきてくれると信じていたんだから。いやはや、隠れんぼって残酷なゲームだ」

「そんな不確実なことをする犯人がどこにいるのさ?」

「君も初めは本気じゃなかった。殺さざるを得ない、でも死なないに越したことはないと思っていたはずだ。だから、本気で殺そうとしたみたいに見せかけたかったんじゃないかな?……俊子伯母さまの道具になるのが、そんなに嫌だった?」

 利羽は何か言いかけて、やめた。道具としての使用価値がなければ、血の繋がりのない子を可愛がってくれる道理がない。利羽が愛久に言ったことは真実だったのだ。

「衛君が死んで調子に乗った俊子伯母さまは、続いて美静ちゃん殺害を企てる。君も引き下がれなくなった。葬式で群馬にいる間に殺さなくてはならなかったのに、そこに僕らが現れて、びっくりしたでしょう?……なんせ名探偵と名乗った狐は双子、そしてその弟は明らかに養子だ。自分そっくりの境遇だ」

「だから私たちを東京に帰そうと、様々な手を打ったんですね。真っ先に私の前に現れて、幽霊の話をしておどかす。次に親戚をいびる伯母さまが登場し、捜査に協力しない姿勢を示す。並の人間だったら参ってしまう」

「でも僕らは、並じゃなかった」

 恋と愛は、顔を見合わせて笑った。

「……利羽君は、実にみごとな観察眼を持っているよ。愛久のことを怒ると手がつけられないタイプだと見抜いたんだもん。感心だよー」

「利羽君は、見抜いていなかったとしても、愛久と、恋の編み出した策を逆手にとって、どう転んでも自分が得をする作戦を実行した」

 恋の編み出した策──常に全員で行動する、という人権侵害なあの策だ。

「愛久をカッカさせる。そして暴力をふるった愛久と暴力反対の僕が仲違いをすれば、愛か誰かが東京に帰ると言い出すだろう。責任をとれと言いやすい状況をつくれる。万一、そうならなくても、君が泣き出せば、俊子伯母さまの先導でキッチンにいた全員が去り、キッチンががら空きになる。……双子の《利羽》兄弟をA・Bとすると、AがBのアリバイをつくっているうちに、Bがキッチンで毒を盛ることができる。双子はそっくりだ。入れ替わっても気づかれにくい。《利羽》は一人っ子だとしておけば、自分で自分にアリバイを作っているうちに、人が殺せるということだよ──。あえて、ずっと見張っていなくてはならない同じ柄のご飯茶碗に毒を盛ることで、君が殺すのは不可能と印象づけた」

 毒を入れるためには、誰にも気づかれず一人でキッチンに行く必要があった。犯人なら毒を飲みたくないのは当然。毒を盛ったのと同じ柄の茶碗がランダムで配られたら、自分のところに来ないようにずっと目で追うのが普通だ。だから誰かが毒をあおった瞬間に、愛久に殴られて泣いていた利羽が毒を入れることは不可能だ、と恋たちが証明してしまうことになった。利羽に犯行は無理だろうと思わせた。全員一緒に行動したことがキッチンに穴をつくり、犯人にアリバイを作らせてしまった。

 今さら、そこを悔やんでいる場合ではない。愛はこの推理ショーに全力を注ごうと首を振った。

「……かくして利羽君、きみは美静さんを殺す準備に成功しました。利羽君は、事件当時、美静さんのご飯茶碗を自分のものと取り替えていたと愛久が言っています。つまり、なんとかして茶碗を見張り続け、美郷さんまで殺しにいったことになります。どうやったかについて、恋、もう少し詳しく」

「それだって、《利羽》が二人いれば可能だ。まんまと愛久に殴らせたAは、僕より先に俊子伯母さまとキッチンに向かう途中、こっそり別れて、ナイフを持って美郷ちゃんの部屋へ向かった。本当はずっとキッチンにひそんで、ご飯に毒を盛ったBは、俊子伯母さまとキッチンで合流し、何食わぬ顔で、毒入りの茶碗が自分に回らないよう見張っていた。愛久に殴られた傷がBにないとばれちゃうから、絆創膏を貼ってカモフラージュしたけど、貼る位置を間違えちゃ駄目だよねぇ」

「……役立たず……」

 観念したような溜息をついて、利羽が小さい声で呟いた。

「……全部、人に押しつけといて……あの女、自分からやるって言い出したのに……あの女のせいで失敗しちゃうとはね……」

「あの女って……俊子伯母さまのこと?」

「そうだよ」

「それはギブアップ宣言と受け取っていいのかな」

 しばらくの間、利羽は恋をにらんでいた。見つめていた。愛は胸をドキドキさせながら、利羽が口を開くのを見守り、ギリギリ笑顔で立っていた。

「……お兄さん、でも、お兄さんの話には全部、証拠がないね。そのお話じゃ、ぼくをおまわりさんに渡すのは無理だ。そうでしょ?」

「やっぱりそう来たか?」

 やっぱりそう来たか。愛も絶望に打ちひしがれた。それを言われちゃおしまいだ。さらに危険なステージに進まざるを得なくなってしまった。

 恋は苦笑して、大袈裟おおげさに頭を抱え込むと、しゃがんだ。利羽はその身ぶりの面白さに無邪気に笑っている。

「ぼくだって、あの女のせいなのに、簡単に捕まってはあげないさ」

「だよねぇ。それが、物証、ないんだよ」

「でしょ。ぼくの作戦は完璧だった」

「うん。君が《利羽》Aだったとすると、Bを自室に隠しきった努力には感服だね。僕が部屋を覗いたときも、君は一切動揺を見せなかった。布団の中にBが隠れていたのに」

「……さぁ? それはどうだろうね? ただ一つ。ぼくら兄弟は隠れんぼが得意なんだ」

 最後の一言のところで、利羽は、クッと喉の奥で残酷な声で笑った。それを聞いて恋も笑っている。その笑い声が推理ショー第二幕開始の合図だった。だが第二幕は猛獣ショー並みの危険度の、スリリングな内容になるに違いない。

 のるか、反るか──。

 

2006年5月8日号掲載

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