下階では娘たちが浴衣に着替えさせられているらしく、下の娘の大きな声にまじって珍しくはしゃぎ気味らしい長女の声も聞かれる。
夕食の途中から、花火がはじまった。
宿の女主人は、食べている俺たちの横に座り団扇で蚊を追いながら、少し浮きたった声で昨年も行われた映画祭の様子を話してくれた。彼女の話では、何かとてもスケールの大きな形で上映が行われるようなのだが、方言ととりとめのない話し振りのために、いったいどうやって海面にフィルムを映写するのか、その肝心の仕組が分からない。「どこに映写機を置くのですか」と聞いてみたところ、女主人は窓のほうへ立っていき、海とは反対側の山手にある小学校を指さし、その校庭にやぐらを組むのだと説明した。しかし、日の落ちたまでは彼女が指さしたあたりは薄闇につつまれ、そこにどんな装置がしつらえられているのか見定めることはできない。
食事がすむと、女主人はやや性急な口調で、自分たちはこの家の屋根に登って映画を見ることにするが、一緒に屋根に上がらないかと俺たちを誘うのだった。そして俺がその親切に感謝して招待を受けると、そそくさと膳が片づけられ、広くなった客室へ待ちかねたように宿の一家のものたちが入ってきた。何にことはない、家の屋根に上るためにはこの部屋の窓から物干台に出て、そこからハシゴを上らなければならないので、宿のものがわれわれを誘ったのは親切というより客間を通過する必要からやむなくのことであったことが判った。
客室に入ってきた上の娘は、髪をいつもの三つ編みからお下げに結いかえて、いつもの取りすました表情に戻っていた。少し顔に白粉をはたいているようだった。
2005年5月30日号掲載
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