
県の体育大会でのこの地域の成績やボーイオスカウトによる水難救助活動のもりあがらいなどの賞揚を枕に、知事は先々の選挙を見越した自己宣伝に怠りなく、本州―四国連絡橋の来年開通に向けた地域開発の進展などを長々とあげつらっているらしかった。その間退屈に堪えきれなくなった下の娘は、屋根の端に腰かけ、むきだしの足をぶらぶらさせて姉に引き戻され、不満顔だった。次に、町内の区画整理事業の進捗状況などを新米のx校長のようにたどたどしく読み上げるだけの町長の演説が続き、やがて、映画の上映開始に向けて、上映方式などを説明するらしいアナウンスが女xの声で始まった。しかしその声も、風に吹きちぎられてよく聞きとることができない。
「驚異的な……、全長一キロにおよぶ水の横断幕……、世界でも類を見ない……、一九七〇年の大阪万国博覧会……、ヤンマーヂーゼル高松工場技x術部による努力のけっか……、東洋最大の景観……、フランスの文化大臣……、独特の海岸線……、数万馬力を要する動力源は街の中央にこのたび完成した……、海辺の風物詩として全国各地から……、近海に身を投げたx海女の伝説……、とりわけファンンタスティックな……、そして入定仏さま……」
「海に身を投げた海女さんって何?」と久実が耳元でささやいた。
「知らない」
「アマさんって真珠とかを取る海女さんのこと? それともお寺の尼さんかしら……」
そのとき、久実の向こうに座っている宿の上の娘が、俺たちの会話を窺xうようにこちらに視線を注いでいるのが目に入った。それは少女らしい嫉x妬の眼差しというより、久実が口にした(このあたりの伝説らしい)その海女の物語について何かを伝えたそうにしているようにみえた。俺と目がxあうと、彼女は静かに視線をもとに戻したが、今度は反対の方向を指さして「あっ、××ちゃん」と高い声で妹を促した。
見ると、屋根の反対の端の切棲の頂上に、いったいどのようにして上がったのか、一羽の鶏が羽を震わせて立っている。民宿の庭で少女たちが餌を与えて飼っている鶏たちのうち、身体の大きな名古屋種の雄であるらしかった。棟の頂上を伝って飼い主のほうにたどたどしく歩み寄ろうとするのだが、ときを作ろうとするかのように首のまわりの羽が逆立っている。
「××ちゃん、捕まえといで」という母親の声にせかされて下の娘が立ちx上がり、屋根の中央でその鶏を抱きとった。少女が羽根を撫でると、鶏は低い声を洩らして背を丸め、どうにか警戒の震えをとめた。
2005年6月13日号掲載
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