*M・コズモ03号
(1988年6月30日)より転載

はじめから読む

text/安宅久彦who?

 話がそのことにおよんだ時、婆さんが、そういえば戦時中は御坊さんも時局に遠慮しておいでなさらなかったものだと思い出ばなしをした。すると、宿の主人は、そんなことはない、T――市の空襲があったあとで、心配して浜まで上がってこられたことがあったではないかと反論した。そこで話は老婆と主人との押し問答になり、それ以上の詳しい話を二人の口から聞き出すことはできなかった。

 そのあと、映画会の後片づけが行われている浜辺を久実と二人で見にいった。会場の宴席に使われていたらしい花むしろと鉄材が昼顔の群生のそばに積まれ、おおぜいの人夫たちが立ち働いていた。紅白のボールを立てた演壇はまだ取り壊されずに残っており、万国旗が海風にはためいていた。御坊さんの来浜の遺香をとどめるようなものは何も見当たらない。ただ波打ち際に汚く打ち寄せられた花火の残骸にまじって、昨日の映画に使われた海中ポンプに巻き込まれたらしい魚の死骸がおびただしく上がっており、生臭いにおいがたちこめていた。御坊さんが持ってくるという、臭い魚のことを思い出した。

 魚の身体はバラバラに切りきざまれて、どれも元型をとどめなかった。   

 

「その蓋をしめちゃ、いや」

 むずかるように額を押しつけてくる久実を抱いたまま、闇のなかを落下していいく。ほらみろ、わがままを言うから、こんな次第になったではないか。と思いながら目を閉じて落ちるにまかせるうち、闇の幅がせまくなり、落下の速度がそれにつれて粘るように遅くなっていくのを感じた。それでも目の眩むような速さに、瞼をあけることができない。ところが、しゅるしゅるという音がまわりに聞こえ、気がつくと、最初は頭を下に向けてまっさかさまに落下していると感じていたものが、頭を上に上昇しているのだと気づいた。

2005年717日号掲載