そう言って、美静が前かがみの姿勢から恋を見上げた時には、恋はつねられた箇所をさすりながらも真剣な顔つきを作っていた。間に合ってなによりだ。
「どうか、私の家に泊まり込んで、調べてほしいのです。狂気の殺人犯は誰なのか……! お礼もさせて頂きますから、どうか」
無我夢中で頼みこむ美静に、恋はひきつる笑顔で頷く。
「OK……葬式に合わせて泊まればいいのね。僕たちは赤の他人だけど、なんとかなる?」
「それはもちろん、私がなんとかします!……ありがとうございます!」
ギリギリで止めていた美静の涙が浮かぶ。菫の涙を見慣れた恋は、つい癖で、美静の髪を撫でてしまった。
「えーっ……何それ」
せっかく成立しかけた会話を、菫のふくれっ面が遮った。眉間にしわを寄せ、足を一回踏み鳴らす。
「美静ちゃんのトコにダーリンが泊まるなんて……私も絶対行くから!」
「えっと……人数は多いほうがいいわ……菫ちゃんも来る……?」
菫の押しの強さに唖然としつつ、社交辞令的に笑顔を作る美静。ツンとそっぽを向いた菫は、当たり前だ、と唸っている。
「ハニー、変な心配しなくても……それに危険だから、付いてこない方が」
「いざとなったら、助けてくれるでしょ。ダーリン!」
「うわ」
恋は後ろから菫に羽交い絞めにされもがいた。まんざらではなさそうだが。二人のじゃれ合いに免疫がないのか、美静は当人たちより居場所がなさげにもじもじする。
「あのぉ……」
男子高校生に類を見ない上品な作り笑顔をたたえ、愛が救いの手を差しのべた。
「私の兄……恋は、この通り、ぱっと見では頼りない風に感じさせますが、現場に到着すれば、自然と本気になります。そしてそうなれば、百戦錬磨の推理を展開しますから。それは……私が保証します」
「……はぁ」
美静は腰を上げると、半端な姿勢でお辞儀した。垂れたおさげ髪に隠れて表情はさだかではないが、指先までリラックスした愛の説明に納得したようだ。
「よろしくお願いします」
「ええ、お任せください」
「……失礼ですが、私……先に帰らせて頂いてもよろしいですか。お葬式の準備の手伝いが……それに、菫ちゃんは」
恐縮しきりで言うと、ちらと恋の方を見やった。恋と菫は、史上最強のバカップルぶりを証明するように、唇が触れそうなくらいくっついて離れない。長くなりそうだ。
「……はい……気になさらないで、どうぞ。……詳しい事件の概要は後日改めて、ということでいいですから」
「失礼します」
両手を前で重ねて礼をすると、美静は足早に去った。愛は、美静が戸を閉めて完全に消えるまで目線で追っていたが、その必要がなくなると、それを恋に移した。
「いつになったら帰れるやら……」
溜息をついたが、幸せの絶頂ともうかがえる、嬉しそうな恋を眺めているのは、愛の幸せでもあったので、あえて介入もせず椅子に座り直し、自分の膝に頬杖をついた。
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