十字路から五百メートルも歩けば、家が待っている。黄色い壁に黒い屋根の、ここら辺では大きな家だ。一階に電気が点いている。洒落た門を鬱陶しそうに開けるのは必ず恋。恋が先頭で、玄関をくぐる。
「ただいま。愛久、ご飯」
「第一声がそれか?」
ただいま、と言うと返してくれる家族が、必ず先に帰宅している。この日常に愛はホッとする。今日は奥のキッチンから返答が聞こえた。
下駄箱にしまう気もない革靴は放り投げられ、それを愛が直す。これだから、恋の後に愛がついていくことに決めているのだ。
「ご飯、カレー? シーフード?」
「……どうして具までわかるんだ」
鼻が利く恋が愛久の料理を当てるのも日課だ。犬のぬいぐるみがついたスリッパを履いて豪快にキッチンに突入すると、まっすぐ、コンロの前で味見しようとしていた愛久の小皿を強奪した。有無も言わせず、中身を干す。
「……ん、美味い」
「……遅かったな。普段は、タイムキーパーよろしく定刻きっかりに帰ってくるのに」
何があっても恋の悪戯をとがめないのは、愛久の優しさか。それとも遠慮だろうか。
目つきの悪い愛久の瞳は、喜怒哀楽を表さない濃紺。透けるような白い肌。髪は生まれついての銀髪だ。それを、十年前ならおかっぱとしか表現できない、肩の数センチ上で切り整えられたヘアスタイルにしている。体躯は細いが筋肉で締まっており、華奢ではない。
脳天からつま先まで日本人離れした愛久だが、それも当然。愛久はフランス生まれだ。さらに言えば、白崎姓を名乗ってはいるものの、恋・愛は一滴の血の繋がりくらいしかない。
現在も出張中で日本にいない両親と十数年前フランスで暮らしていた時、突然、幼い愛久の手を引いて預けに来た女の顔は、今も愛の網膜に焼きついている。愛は衝撃を受け平静でなどいられなかったが、恋はすべてを見透かしたように澄ましていた。なぜ何も追求しないのか、と八つ当たりしたが、恋はその時、「知らない方が幸せなこともある」と言い、いつか愛久本人が成り行きを説明するまで、問いつめないことを指きりさせられた。
恋との約束は守らないと、冗談抜きで針千本を飲まされるので、愛は愛久の出生について、口にしないことにした。なので、未だに愛久が何者なのかはよく知らない。恋に言わせれば、それすらも「弟であることに変わりはないから、知る必要もない。ありのままを受けとめればいい」のだそうだ。もしかすると、恋は愛の気づかないところで愛久の調べをつけたのかもしれない。
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