「明日は僕が作るよ。頂きます」
他人に守らせるが自分は守らない「約束」をしてから、恋は手を合わせ、スプーンを口に運びはじめた。その動きは超高速で、見る見る皿の底があらわれる。
「料理上手だよな、愛久は。僕がする料理なんて野良猫も寄りつかない」
「だって、趣味だから」
「有益な趣味だ。ごちそうさま」
大盛りのカレーは三分で恋の胃袋に吸収された。十秒の食休みで席を外した恋は、何かを探し回っている。
「……どうした。何かなくしたか?」
恋がテーブルの周りを四周ばかりしたところで、さすがに目障りだったらしい愛久が訊いてやった。恋は、待っていましたとばかりに目的を話し出す。
「あのさ、新聞どこ? 三日前から四日前の。今回の依頼人に話を聞きそびれたんだ」
恋は、聞きそびれた、というところで、さも憎たらしそうに愛を睨んだ。愛は素知らぬふりでサラダのプチトマトをフォークで刺した。
「私のせいじゃないよ。恋が新垣さんといちゃついていたから、帰って頂いたまで」
「僕らの愛の語らいを下品な単語にするな。ったく、余計な心遣いをしやがって……。で、新聞どこ?」
「今朝のゴミに出しました」
ゴミ出しは愛の分担なので、素直に答えた。今頃は集積場か。あるいはリサイクルされているかもしれない。恋はますます不機嫌に眉を寄せた。
「げ。せっかく、情報収集に使おうと思ったのに」
「……それなら俺が覚えている」
首を完全に背もたれに放った愛久が、その体勢のまま横目で恋に言った。
「……そう来なくっちゃ。鬼塚って子供が窒息した事件が載っていただろ?」
「……火曜日の朝刊。『群馬県粗大ゴミ集積場の冷蔵庫内から、東京都内小学校一年生の鬼塚衛君の死体が発見された』、アレだ」
これが、恋も愛も目を丸くする愛久の特技であった。愛久は既読の文章なら丸暗記して、いつまでも忘れないでいることができる。一度見た風景も然り。瞬間記憶とでも表現するのだろうか、この能力は、自身のテストや恋の捜査に役立っていた。更に愛久はその暗記したものを要約する文章構成にも長け、必要な記憶だけ頭の中の引き出しから引っぱり出すことも可能だ。
「『祖父の葬式に参加するため、群馬を訪れた矢先の悲劇』だそうだ。『首を絞めたような跡や暴れた痕跡は見られないことから』警察の捜査も行きづまっているらしい」
「ふぅん」
自分から聞きたがっておいて、恋はつまらなそうな吐息で返事をした。制服のネクタイを緩め、フローリングに捨てている。着々と着替えが進んでいるあたり、真剣に聞いていたとは思えない。
「まぁいいや……。どっちにしたって、愛久は今回ついてくるのだから、いつでも訊けるしね」
「そうだ……っけ?」
愛久が驚いて起き上がる。愛も仰天してトマトを落としたのを見た恋は、悪戯っぽくにやついた。
「パソコンより記憶力が良い。僕とハニーの初お泊りも邪魔しなそうだしね、なんて」
恋は頑固で、特にこうやって自然な動作の中で言っていることは、本人の中だけで完結している。逃れられない。愛久は否が応にもついていかなくてはならなそうだ。
「そーゆーことだから、荷物まとめといてね。それより出発の日取り決めなくちゃ」
愛は開いた口が塞がらないが、ピンチである愛久の方は諦めがよかった。
「……風呂の前にデザート。さっき作ってオーブンに入れたままだ」
文句は言わず、溜息と一緒に腰を上げると、狐色のサブレを大皿に移した。どれも売り物より美しく焼けている。
「……お、上品な味」
瞬時に一番大きいサブレを見分けてかじった恋は、モグモグ口を動かしながら愛久の肩を叩き、軽く、命令した。
「今度の泊まりの時も、コレ焼いて。持って行ってハニーに食べさせたいから」
「はいはい……」
ここまで強引に扱われているのに、なぜ愛久は従うのか。七不思議より先に、恋にその謎を解いてほしい愛であった。
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