あ ら す じ

 鰯雲いわしぐもが広がった日。

 粗大ゴミ集積場は、東京から二時間離れた駅からさほど遠くはないところに存在していた。

 今日は、美静から出てくれと頼まれた葬式の前日になる。恋たちは調査のために一日早くこの町を訪れたのだ。菫は先に美静と実家へ向かうと言うので、集積場は白崎三兄弟だけで見学となる。

「粗大ゴミは、一年に一度、近隣住民から集め、まとめて廃棄していたらしい」

「うっわ、パソコンがあるよ、もったいねぇ。これ貰っちゃ駄目かなぁ」

 つい三日前に突然壊れた愛のパソコンの代替にしようと思ったのか、恋はまだ使えそうなパソコンの前で腕を組み、真剣に考え込んでいる。生真面目な表情がかえってふざけて見え、愛は溜息をついた。

「真剣に調査」

「怒られちゃった」

 舌を出す恋。遺族が傍にいなくて良かった。愛は想像してゾッとし、首を振って恋の後に続いた。

「どれ? 被害者の棺桶になった冷蔵庫」

「すでに警察に引き取られたらしい」

 ヘヴィメタル風の棘々とげとげしい飾りつきコートを羽織った愛久が、無表情に言った。まさかこの格好で葬式に出るつもりだろうか。確かに黒服ではあるが。

「警察ってせっかちだな」

 恋は頬を膨らませた。対して愛久は冷たく微笑み、積み上げられたゴミの山を先頭に立って登りはじめる。

「せっかちなのは恋の方だ。まぁ待て……これか」

 愛久が辿り着いたのは冷蔵庫のコーナー。つい最近まで持ち主と生活していた、電源をつなげばまだまだ現役で使えそうなものばかりだ。愛久はその中でもひときわ大きい冷蔵庫を指差した。冷蔵庫は白物しろもの家電と言われるが、こいつは真っ黒だった。

「同じ型の冷蔵庫。昨日恋が警察から電話で聞いた型番を覚えていたからな。ほら、ここのシールにある型番と一致するだろ」

「さすが。ま、書いてある型番を見ても、僕には符合するかわからないさ」

 愛久の頭を抱え込んで撫で回してから、飽きたように突き放すと、恋は冷蔵庫を開けたり閉めたりしはじめた。

「これだけの大きさがあれば、小学生の男の子一人閉じ込めるには手頃かもしれないね。気絶させて、押し込んでおけば窒息ちっそくもするさ」

「でも昨日、警察はおかしなこと言っていただろう?」

「何だっけ?」

 警察と電話で話したのは恋なのに、書き留めておいたメモを読んで、実際電話した恋よりも内容を記憶している愛久は不気味である。愛久は少し思い出す時間を取るため、天を仰いだ。

「あれだ……『冷蔵庫の扉に残された指紋は、元の使用者以外は、被害者の物だけだった』」

「この扉はどうやったって開ければ指紋が付く。ふき取ってもばれるし。そうなると元の使用者が犯人と言うことになるけど」

「『被害者と元の使用者に接点は見られなかった上、元の使用者は、その日大学の講義で終日拘束されていた』。アリバイがある」

 ふむ、と息を吐いて、恋はしゃがみ込んだ膝に頬杖をついた。お決まりのシンキングポーズだ。悩む恋に追い討ちをかけるように、愛久は記憶をなぞり続ける。

「そして、『被害者が冷蔵庫に監禁される際、暴れた痕跡は見られない。閉じ込められたことに気づいて出ようとした痕跡もない。ましてや睡眠薬など飲んでいない』。こうなると不可能密室殺人だろ?」

「むぅ……ちょっと黙っていてくれよ」

 恋は空いている手で愛久の口を塞いだ。が、愛も訊いておかなくては気が済まないことがある。同じことをさせられないように、立ったまま頭上から問いかける。

「恋。遺族は、『幽霊の犯行ではないか』と言っていたとか……恋もそう読んでいる?」

「ご冗談」

 上から顔を覗き込んで、息を呑んだ。恋がいつになく、青白い三日月のように鋭利な表情をしていたからだ。それがニヤリと笑いに変化するのを見れば、誰だって背筋が寒くなる。

「幽霊は、映画のフィルムから出て来ちゃ駄目なんだよ。でも……おかげでしばらく楽しめそう」

 恋の濃緑の瞳には、 一体どこまで未来が見えているのか? 恋に微笑みかけられた愛は、唐突にそう思った。

 

 

 美静の家までは遠かった。うねうねと大蛇が横たわったような道を歩き続け、やっと開けた鬼塚家の庭――これも広大で、近眼の愛久は、庭に入ってなお「美静の家っていうのはどこだ」と、本館を探してキョロキョロしていた――に着いた時には、陽が傾いていた。

 そして着くなり、お決まりのアレ。

「ハニー!」

「また始まっちゃったよ」

 そうだ、今回はコレがあったのだ。愛は憂鬱なことを思い出して、一人苦しんだ。

 眼前では、例によって恋と菫のラブラブ劇場が存分に展開されている。どんなに愛が咎めたところで二人の暴走が止まるはずもなく、愛久は見て見ぬふりだ。結局、愛が巧言を尽くして、疑いの眼を向ける美静の家族に「恋=名探偵説」を納得させなければならないのである。さっきのように冷静な顔をしていてくれれば、そんな必要もないのに。筋違いとわかってはいても、恋のキャラをぶち壊してしまう菫を、恨まずにはいられなかった。

「はい、いい加減に離れて」

「いやーん」

 甘ったるい声を上げて、恋から引き剥がされる菫。引き剥がす愛の方が、何か勘違いされそうでハラハラするほど、フリルがふんだんにあしらわれたスカートをはいている。気合が入っているのか。気合の理由は推して知るべし。

「愛は悪魔だ。僕らの邪魔をするなんて、な、ハニー?」

「ねー、ダーリン?」

「……もう好きにしてください」

 愛は責任を放棄し、二人を放って建物に向かって歩き出した。

 

 

2005年11月7日号掲載

▲このページの先頭へ