美静の実家の建物は、すくみあがるほど大きい。廃墟風ペンションを絵に描いたようなつたが絡まる洋館、と言ったところか。烏色の崩れかけた外壁に触れ、愛はポツリと呟いた。

「いかにも幽霊とか出て来そうな家だ」

「出るよ、この家は」

「へぇ、やっぱり……って、君、誰?」

 独り言に返事をされ、愛は驚いてふり返った。見れば、ギンガムチェックのズボンをはいた愛の半分くらいの背の少年が、後ろに突っ立っていた。いつの間に。

「ぼくは、河野こうの利羽りう。あなたは?」

「私は愛。君はこの家の子?」

あ ら す じ

「まぁね。そうとも言うだろうね。あの美静って女の方がおじい様には可愛がられていたけど」

 今どきの小学生――外見年齢から――は歳相応の返答をよこさない。澄ました利羽は、それは置いておいて、と言い、愛を下から見つめた。

「あなた、幽霊を調べに来たの?」

「う……ん。そんなところかな」

「もの好きだね。呪われちゃっても知らないから……」

 利羽は声を忍ばすように笑った。反応に困る愛。その様子を確認すると、利羽は満足そうだった。

「うちで最初に呪われたのは、美静って女の弟だったかな」

「……呪い殺された? 君もそう思っているの」

「当然。あの子が集積場に行った時……他の親戚は全員、一部屋にいたよ。集まっていたんだよ。ぼくもいた。それが、彼はお手洗いに一人で立って……それきり戻らなかったの」

「集積場に行くと親にも言わなかった? 一人で勝手に出掛けたのか。この辺りに慣れていない小学生が?」

「死に神にとり憑かれたみたいでしょ?」

「そうとも言うだろうね」

 相手を真似て返すと、利羽は、後ろ手に何か隠しているようにもじもじして微笑んだ。そうやって自然に笑うと、やはり利羽は可愛い小学生だった。

「ぼくが言えるのはこれくらいかな。じゃ、除霊でも頑張って。愛だっけ」

「よく覚えてくれましたね」

「キナ臭いことにも遭遇するだろうから、心構えくらいはしておいた方がいいよ」

 愛は返事ができなかった。的確な忠告。愛は、のちに利羽の正しさを知ることとなる。

 利羽は手をふって、軽やかに走り去った。後には、清涼な空気だけが残った。

「……白崎さん!」

 しばし呆然と立ち尽くしていた愛が我にかえったのは、美静が駆け寄る姿が見えたからだった。何があったのか、美静は血相を変えている。

「白崎姓が三人もいるから、私は愛と呼んでいいですよ。どうしました?」

「それが……伯母様とお母様が……」

 慌てふためく美静の横を、のんびりと緑頭が通り抜けた。恋だ。

「失礼しマース」

「あ、白崎さん、まだ中には入らない方が」

 言われながらも、図々しく建物の中に侵入する恋。これだから、「白崎さん」と呼ばれるのに愛は抵抗があるのだ。このろくでもない兄と区別がつかない呼び名だから。

 

 

2005年11月14日号掲載

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