あ ら す じ

恋は、美静の制止をふりきって、大理石の床を蹴る足を止めない。

「お願いです。まだ入らないでください。今、中では伯母が母を……」

「伯母様が母上を?」

 美静はそこで口をつぐんだかと思うと、俯いて駄々っ子のように、

「これ以上言うと、鬼塚家……いえ、河野家の恥をさらすことになります。いくら白崎さんでも……」

かたくなに口を閉ざした。

「落ち着くまでここで待っていてください、お願いします」

 語気を強めた美静の言葉に、恋はようやく足を止めた。だが、恋が美静の思い通りに動くはずがなかった。

「君」

「……はい?」

 初対面から馴れ馴れしく 「美静ちゃん」などと呼んでいた恋が、 平坦に「君」と口にしたので、美静は弾かれたように返事をした。

 恋が静かに振り向く。愛には少し怒っているのがわかったが、美静からみればただの無表情にしか映らなかったに違いない。

「謎を解くために情報が必要なのは当然。依頼人である君からの情報が最も信用できるのも当然。……君は依頼人だ。事件を解くために必要な情報を提供してくれて当然なんじゃないか?……容疑者たちの事情がわからないことには、推理なんてできっこない」

 だんだん、声が高ぶってくる。

「本当に謎を解き明かしたいのか、それとも謎のままにしておきたいのか。好きな方を選べ。望み通りにしてやる」

 吐き捨てるようにそう言うと、恋は冷たい床の上に座りこんだ。胡坐あぐらをかいた膝の上に頬杖をついて目を閉じ、不機嫌を絵に描いたような態度だ。

 愛久は相変わらずの仏頂面のまま。菫も美静もおろおろしている。

 さて、どうフォローの手を差しのべたものか──愛は悩んだが、杞憂だった。美静が重い口を開いたのである。

「……伯母から口止めされていたのですが……私の説明でよろしければ、すべて、お話しさせていただきます」

 数秒間、それまでの余韻で不機嫌に曇っていた恋の顔が、みるみる明るくなる。

「──それでいいのだ!」

 ひと昔前のギャグ漫画で聞いたような決め台詞を放ち、身軽に立ち上がった。

 

 

2005年11月21日号掲載

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