伯母が嫁に来てすぐに重い発作を起こし、今も長期入院中です。親戚関係も疎遠な上、東京で生まれ育ったこともあってか、私は伯父に会ったことはありません。だからどこが悪いのかも具体的には知らないのですが……」
ぽつりぽつりと途切れながらも、美静の言葉が恋の耳に届いていく。恋はその耳をはがゆそうに掻いていた。
「二人の間にはもちろん、子供も生まれなかった。……でも……愛さんは、利羽君に会いましたか?」
突如、話を振られた愛は、とりあえず「はい」と頷いた。さっきの小生意気な小学生。いつ会ったのか、抜け駆けかよ、という恋の視線が痛い──お前が菫といちゃついてる間に会ったんだよ。
「あの子は養子です。祖父がどう言ったのかは知りませんが、伯母は同居している手前、肩身が狭く、また遺産も欲しかったようで……伯父が死んでしまい、子供もいなければ、河野家に身を置く理由がなくなりそうですから……祖父の性格なら、追い出しかねないというか。最後まで伯母をよそ者として見ていたと母は言っていました」
意外にも、美静の言葉はドライだ。愛は、大人しそうな美静が、伯母や祖父をはっきりと批判するのに戸惑った。第一印象を塗り替えるべきか。
それにしても、彼女の祖父は田舎育ちの古い気質だったのだろう。狭いムラ意識から、祖父が心の底から伯母に好意を抱くわけもない。未亡人などすぐに追い出してしまう。それともそれが普通で、例え夫が死のうとも金目当てに居座り続けようとした俊子が異常なのか。
「そして祖父が他界すると、遺書が見つかったのですが……その内容が問題になり、葬式より大分前に私たちもこちらに呼ばれたのです」
「遺書には、どういう遺産分与が指定されていたんだ?」
「なぜか、面識もないような鬼塚家の子供たち──私たちにすべて分け与える、なんらかの理由で私たちが受け取れない場合は母にすべて与えると。……伯母は激怒していました」
愛は、利羽がもらした「キナ臭い」という言葉に合点がいった。同時に、恋が愛久の肩をポンと叩くのが目に入った。無言で、「僕の代わりに彼女の話を覚えておいて」と命令しているのだ。それだけ大事で複雑な説明ということ。愛もなるべく聞き漏らしがないよう神経を集中させる。
「君のお祖父さんの遺産。総額、いくらくらいになるの?」
「なんでも、十億を下らないとか」
「僕も欲しい!」
恋は、そこはかとなく明るく挙手した。愛はあきれてものも言えない。美静は深く俯いた。
「遺産のせいで、伯母と母の間には口論が絶えなくて。と言っても、えっと、伯母が一方的に怒鳴りつけてくるだけなのですが……」
「……現在もその状態?」
「はい……ほんとにお恥ずかしい……」
「金は人を鬼にするからね」
美静は恐縮しきりだった。しかし、親戚の恥をさらしてまで、美静は弟を殺した犯人を捜したいのだ。弟思いの娘だ。
「とにかく、自己紹介しないのも失礼だし。場所、どこ?」
「リビングです……でも、やっぱり」
「行かないで、なんて、もう言わないでよ?」
恋は格好良く、歯を見せて笑った。美静が真っ赤になる。
「美静ちゃんの役に立つのが僕らの仕事。こう見えてタフだから、心配しないで。どんな凄惨な場面を見ても、ぜーんぜん動じないからさ」
恋は美静に言葉を継がせず、颯爽と走り出す。応接室の場所も知らないくせに。
愛は先に事後処理にとりかかることにした。地味だが、これが自分の仕事。
「今の話、出所不明の情報ってことにしますから。あなたからの告げ口だなんて思われないように」
また赤くなった美静の頬を眺めながら、愛の頭に、ある疑問が浮かんだ。もし、自分が美静の弟と同じ条件で死んだとしたら、恋は犯人を追うだろうか? 死んだ方が悪い、間抜けだと笑われそうだ。追うとしても、それは弟への愛ではない、純粋なトリックへの好奇心だろう。
それらしすぎる空想に足どりを重くしながら、愛は恋のあとを追った。
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