リビングはすでに修羅場と化していた。
愛が覗いたとき、そこには、仁王立ちになった筋張った体つきの女─―俊子─―の足元に、美静によく似た女─―多分、美静の母親―─がうずくまっていた。俊子が美静の母親をひっぱたいたということだろう。
しかし、今、俊子が睨みつけているのは、美静の母親ではなかった。
「男が女に暴力を振るうのは人間の行為にあらず。でも、女が女に暴力を振るうのも、人間の行為から外れるものだと思いませんか、伯母様?」
二人の女の間に立ち、美静の母親をかばって手を広げている緑頭。恋だ。朗らかに微笑んで、何も恐れる風はない。
まさか恋は、自分が姿を現し、注意を自分に向けることで、美静の母を助けようとしたのだろうか? いや、今はそんなことはどうでもいい。愛はそっと、柱の陰から中を覗き込んだ。
「要するに、僕は、暴力反対派なんですよ」
「……どこの生意気な坊や?」
「迷子ではありません。探偵です」
「探偵?」
一瞬の間をおいて、俊子は笑い出した。妙にヒステリックな、癇にさわる声だ。
「わかった。アンタ、美静が呼んだ狐だろう? 話は聞いてるさ。都会じゃあちょっと名が知れているらしいけどさ。子供を騙して金を巻き上げるのもたいがいにしとくんだね」
「騙してなんていませんよ。ぼくがやってるのは慈善事業ですから。それに、探偵の能力は十分に備えているつもりですし、幽霊を祓うことだってできます。そう─―この家に憑いた幽霊とやらもね」
俊子はまだ笑いを隠そうとしない。恋もあわせて一緒に笑ってみせた。笑い顔のままで愛を手招きする。
「いい忘れていましたね。僕は、白崎恋と申します。こちらは八方美人な弟、愛。こちらが凶悪凶暴な弟、愛久です。そして、この絶世の美女が、僕の運命の人、ハニーこと菫ちゃんです!」
最後の台詞で、失礼な紹介をされたことをとがめる気を失ってしまった。
「やだぁ、ダーリンったら、真顔で言わないで」
「僕は本当のことしか言わない主義だよ、ハニー」
じゃれあう二人。これはもう、病気みたいなものだ。発作が起きただけですから、と説明しようと俊子を見ると、何故か顔を青くしていた。ハニー&ダーリンのやり取りがそこまでショッキングだったのか。愛は慌てて取り繕おうとした。
「あの、俊子さん……?」
「とっとと出て行ってちょうだい!」
跳ね返るほどの勢いで、ドアが閉められた。
「あのオバサン……ヤな奴」
恋は、ちぇ、とイラついて舌を打ち、続けて、
「でもまぁ……なかなか愉快な家じゃないか」
と、人の不幸を喜ぶ。進んで人助けをするのも恋なら、面白がっているのも、紛れもなく恋なのだ。
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