突然質問されて、美静は素っ頓狂な声を上げた。
「衛君失踪当時、君たちは、俊子、利羽、お母さんの四人で、このリビングにいた。それ以外の人間はこの家にはいなかった。……衛君も最初はここにいたが、だんだん退屈になって部屋を出た……そしてそれっきり帰って来なかったんだよね?」
「あ、はい! そうです……そうだったと思います……私もいたのですが、自信がなくて……」
何度も頷く美静に、恋はあからさまにうんざり顔をする。招き猫のように指をひらひらさせ、耳を寄越せと内緒話を誘う。
「美静ちゃんの答え、要領を得なくてもどかしいな。約束だって守られていないし」
恋はまた不機嫌になっていた。確かに、「部外者である恋たちが、スムーズに泊まれるようにしておく」というのは最初に美静が約束したことなのに、どうもまったく守られていないようだ。恋はそのせいでやる気がなくなっているらしい。愛は笑顔で励まそうと試みる。
「恋なら、大丈夫でしょう」
「む。買いかぶりだよ」
「私に限って、恋の才能を見誤るなんてことはないよ」
「その逆だって……ん?」
恋は愛を突き放すと、首を伸ばした。間もなく、ギッという音がして、リビングの扉が開く。
「うわ、誰あれ?」
入って来たのは、手入れ不足の髪がプリン色になっている少女。下品な化粧は、恋が大嫌いな、それが個性的と勘違いしているギャル風味。愛も同感、彼女のような子は苦手である。美静まで苦手なのか、少し首を引っ込めた。
「あんな女、この家にいていいんだっけ?」
慌てて自由帳のページを繰って、今回の事件に関する人物相関図を探す。見つかる前に、生ける大量記憶装置・愛久が恋の疑問に答えた。
「美静の姉妹・美郷。衛失踪当時は、家出していて所在不明とか……」
「バタバタうるさいと思って部屋から出て来てみたら。ちょっとアンタら」
美郷の甲高い耳障りな声が愛久の言葉を遮った。愛久は無視して恋に訊く。
「どうしてそれが今日はここに来ている?」
「遺産が手に入るからに決まってるじゃん」
美郷はどっかりと椅子に座った。傲慢な態度で腕を組み、愛久の冷たい視線をはね返す。
「アンタら、探偵だかなんだか知らないけど、金に手ぇつけないでよ? 全部、私の物なんだからさ」
「遺産を取り合う人間って、どうして仲良く半分ずつ分けっこするということができないんだろう?」
恋が素朴な疑問を口にする。愛は、そんなことより、美郷が美静にまったく似ていないことが気にかかった。あ、人のことは言えないか。
「ちょっと……美郷ちゃんは家庭不和を理由に、めったに家に戻らないのに、本日は遺産が手に入ると聞いて、喜んで参上したってこと……?」
恋は今度は美静に耳打ちし、美静は小さく頷いた。
「衛君失踪当時、美郷ちゃんは東京にいた。それは間違いないよね? 遺産の取り分を多くしようと考えた彼女が、部屋から出た衛君のあとをつけて、襲った、なんてことは……」
「恋。気絶させたような痕跡は検死で見つからなかったって、警察は言っていたじゃないか」
愛久が美郷を押しのけて恋の内緒話に加わった。ということは話の内容が丸聞こえだったということだ。話題の当人の耳にも当然聞こえていたらしい。美郷の顔つきがみるみる険しくなり、猛然と近づいて来た。
「いくらなんでも、弟殺すわけがないだろ!? 疑うな! そもそも餓鬼がえらそうに、探偵づらするんじゃない!」
美郷が強くテーブルを叩く。カップが飛びはねるのを愛久が落ち着いて押さえた。
美郷は聞くに堪えない言葉で恋を罵倒している。が、恋は俯いているのでどんな表情をしているのか見えない。不審に思った美郷が罵詈雑言を中断した瞬間、恋が顔を上げた。
「……やっぱりお前だったか、犯人」
「は?」
深緑の目が妖しく光る。人差し指は真っ直ぐ美郷を捉え、逃がさない。愛は嫌な予感がして、止めようと足を前に踏み出したが、ほんの少し遅かった。
「そう……犯人は美郷、お前だ!」
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