あ ら す じ

「犯人は美郷──お前だ!」

 美郷は茫然自失を絵に描いたように立ち尽くしている。目の前にいる年端もいかない小柄な美少年が、突如として閻魔えんまに変身するなどとは夢にも思っていなかったのだろう。

「んなわけないって言っているだろう?……そもそも、いったいなんの根拠があって──」

「お前には、犯行が可能だ。よく考えてもみろ」

 恋は綺麗な指を立て、順を追って説明しはじめた。

「僕は、この衛君に関する事件の謎は四つあると思っている。

「まず一つ目。衛君を殺す動機のある人物は、衛君の失踪当時、一つの部屋に集まっていた。互いにアリバイを証明しあっているので、誰も犯人ではないことになる。

「二つ目。衛君は、初めて来たこの群馬で、どうやって遠くの粗大ゴミ置き場まで行ったのか。最も簡単な答えは、誰かがゴミ置き場まで案内したか、もしくは衛君が独りになった時点で気絶させるなどして運んだというものだ。

「そして三つ目。冷蔵庫から、指紋等の犯人の痕跡が見つからなかったこと。これは、犯人が冷蔵庫に触れずに衛君を閉じ込めたことを意味している。最後は四つ目。衛君はなぜ冷蔵庫から出ようとしなかったか──」

 朗々とした探偵口調で、場を圧倒する。愛ですら口を挟む隙がない。美静母娘も、美郷をかばいもせず、あっけにとられている。

「美郷、犯人がお前だとすると、この謎のうち、二つが解決する。一つ目と二つ目だ。家出していたというのが嘘で、こっそりここへ来ていたのなら、衛君が独りになった隙を見計らって、粗大ゴミ置き場まで連れ出せる。家族であるお前になら、衛君も心を許してついて行くからね。そうでしょ?」

 恋はポケットに手を突っ込み、少し前かがみになって美郷を覗き込んだ。冷淡かつ怜悧れいりな無表情。恋のこんな顔は見たこともないし、見たくもない、と愛は思った。緑に光を散らし、粉雪が舞う冬の森林色の瞳に射すくめられ、美郷も、めちゃめちゃな恋の論理に反論できない。

「それから、さっき唐突にキレたのにも、理由がある。僕を東京に帰らせようとして、頬っぺたを叩いたつもりだろう。明らかに捜査のかなめは僕だから、僕の機嫌を損ねれば、僕らは事件を投げ出して東京へ帰ると読んだんだ。僕らがいたら、幽霊と見せかけた犯行がバレてしまうと危惧して……。違う?」

「……違う!」

 やっと反論するタイミングをつかまえて、美郷はがむしゃらにかぶりを振って叫んだ。愛も我に返って、必死で恋をなだめる。

「恋──さすがに矛盾が多すぎる。そもそも、それでは殺害方法が定まらないよ。衛君には気絶させたような痕も、あらかじめ殺しておいた痕も、冷蔵庫から出ようとした痕もなかった。いくらお姉さんの美郷さんであれ、その謎を残したまま犯行は犯せない!」

 肩を持って揺すぶる。一回揺するたび、恋の瞳に人間らしい色が徐々に戻って来た。十回ほど揺すった時、ふっと、恋の口端が上がった。

「──冗談だよ。冗談」

「……冗談?」

 ポカンと口を開けた愛に笑い転げる恋は、まるで、手作りの落とし穴が機能したのを嬉しがる子供のようだった。

「そういう可能性もあるかなぁ、と思って、カマ、かけてみた」

「アンタ……ッ」

「申し訳ありません、美郷さん」

「謝る必要ないよ、愛。疑われる理由を作るほうが悪いんだ。……僕は、衛君の失踪当時、一つの部屋にいた五人の中に、衛君を殺害した犯人がいると思っている。この五人は犯人になり得ないが、同時に、五人とも犯人になり得るんだ」

 頬を紅潮させる美郷の肩に手を置くと、恋は数分前の鋭利な表情と正反対の、まん丸の笑顔を向けた。

「どういう意……」

「確証さえ立てられれば、それ次第で白くも黒くもなるってことさ。だから、美郷ちゃんがさっき僕を怒鳴りつけた時……本当に疑ったよ。可能性が増えただけの話だけどさ」

 恋は椅子の上で胡坐あぐらをかき、膝の上に頬杖をつくと、こっそり愛に目配せした。声に出さない台詞──驚いたでしょ? 愛は苦笑で返した。

 身を縮めていた全員が、そっと安堵の息を吐く。

 恋は意地悪い笑みを浮かべながら立ち上がった。傍らのテーブルの上には自由帳がのっている。

「ってわけで、皆さん、もう僕みたいな生意気な狐に疑われたくないですよねぇ。でも、僕はなんせ生意気ですから、監視できない人は、例外なく疑います。僕は自分の目で見たものしか信用しません。それに、事件はまだ終わっていないとも思うし。目的が金なら、詰めが甘すぎる……」

「アンタまさか……」

「そう。僕に疑われたくなかったら、団体行動をしてくれればいいんです。それだけですよ」

 カナリアがさえずるように、さらっと言った。声そのものは耳触りがいいが、内容は爆弾発言だ。どよめく、白崎家以外の人々。

「これから、この建物にいる人間は、必ず複数で行動してください。お手洗いは扉の前まで全員でついて行けばいい。これは意外に簡単で、事件が起きる心配もない」

「どういうことだ、そこまでうちらを拘束できる権利がアンタにあるのか? 私は絶対協力なんかしないね!」

「じゃあやっぱり、美郷ちゃんが犯人だ。犯人を捕まえるために、互いに監視することはプラスでこそあれ、マイナスじゃない」

 美郷は唇を噛んで黙り込んだ。

「それで良い。まぁこれで僕らは安全……完全な団体行動をしているにもかかわらず、殺人が起きた場合は……」

「……なおも起きた場合は?」

 菫と美静がおそるおそる尋ねた。恋は、それに答えるように、自由帳のページをめくった。

「──それは、幽霊の仕業だろう」

 手を止めたページには、点描で精巧に描かれた死に神が不気味に笑っていた。自由帳を開いている恋と、まったく同じ表情で。

 

2005年12月19日号掲載

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