「……だからって、人を怒らせてまでことを運ぶのは良くないと思う。美郷さんを怒らせたのも、こうやって相互に監視させるためだったのでしょ? 彼女の性格では、あそこまで言われたら、意地を張って引き下がれなくなることを見越して」

 キッチンに来るなり、愛は、リビングでの恋のやり口をなじった。二十分は灸をすえたので、恋はしょげたようにそっぽを向き、頬杖をついたまま口を開こうとしない。

「恋……」

 いじけてしまった。菫が慰めてももう手に負えない。愛は溜息をつき、恋から離れた。

あ ら す じ

 キッチンにやって来たのは、料理をするという俊子を監視するためだ。美静の母親もかり出されている。この二人の監視役として、恋と愛、菫が付いた。

 他の者には愛久が付いている。利羽はまだ小学生だし、美静は依頼人、美郷はやや怪しいが、冷静な愛久がいれば、恋のように怒りを買うようなことを進んでうることはないだろう。

 愛は、恋の言うことにも一理あるとわかっていた。登場人物が互いに人を疑い合い、束縛すれば、犯人に罪を重ねさせない効果は、手錠よりもずっと高いだろう。

 でも、愛はそれが嫌だった。不本意とはいえ、罪もない人を監視し続けるなんて、どうしても嫌だった。監視などという無茶な方法に嫌々ながら従うこの家族は、一体どうなっているのだ。

「……やむを得ないのでしょうが……」

 その言葉は、優しさから目を背けた言い訳にしか聞こえない。生きた人間を相手にするのだから、捜査にも血が通わせなくてはならない、というのが愛の信念である。事件が解決した後に、恨みを残してはいけない。

 ――それとも、冷徹無比な殺人鬼を相手にするなら、情も何も捨ててしまわなくてはならないのだろうか?

 幼い子供が死んだというのに、あろうことか子供の母親に暴力をふるう女。自分の弟が死んだのに捜査に協力しない少女。それを舌先三寸で屈服させた名探偵。

 結局は、誰かわからないが、金に目がくらんだ人間が起こした事件だ。愛の信念は、所詮、綺麗ごとかもしれない。愛と同じくらい優しい人間は、この世に存在せず、だから、愛の信念は通せるわけもないのだ。

 現実の厳しさを思い、無性に切なくなった。

「謎は謎のままにしておいた方が、反感を買わずにすむのかもしれない……」

「……でも、私は、謎を明かして欲しいと思っています」

 独り言のつもりでつぶやいた言葉に声を挟まれ、愛はギョッとして振り向いた。そこには、美静が祈るように手を組み合わせていた。

「あれ? 鬼塚さん……?」

 我ながら間抜けだ。美静が接近しているのも気づかぬほど、暗い思考に落ち込んでいたのだ。

「全員で行動しろって言ったじゃない」

「でも、白崎さんたち、ショックを受けているかと思いまして」

 彼女の勘が正しかったので、恋も責めることはできなかった。

 美静は真剣な眼差しで恋と愛を見比べながら、息を大きく吸い込んだ。

「白崎さんは間違ったことはしていないと思います。あの……そうやって正しいことを続けていれば、美郷も、伯母様も、いつかきっと、白崎さんたちに協力してくれるようになると思います。私も最初は、その、捜査協力とかに慣れていなくて、身内を疑われたくないとか考えて、色々と隠していたりしていましたけど、それはおかしいとわかったんです。本当に疑われたくない、本当に家族を信じているなら、白崎さんたちにどんな情報でも提供すべきだったんですよね。えっと、それがつまり謎を解き明かすということに繋がる。私が望んでいたのは、それでした……」

 地面に付くほど頭を下げ、持ち上げた美静の笑顔にほだされる。

「大事なことに気づかせてくださって、ありがとうございました。是非、美郷と伯母様も気づかせてあげてください」

 言葉を失う恋と愛、菫。それを悪い意味に受け取ったのか、五秒おいてから、美静は林檎りんごのように頬を染め、とり乱しはじめた。

「あ、わ、私、すみません! 出しゃばったことを……でも私、上手く言えなくても、せめてお礼だけはと思って……」

「いえ、こちらこそありがとうございました。大事なことに気づかせてくれて」

 危うく捜査を投げ出すところだった。美静のような人を助けるために、我我ははるばる群馬まで訪れたのだった。他にも、捜査の大事なことを思い出した。

「……随分、積極的になったのね」

「まさしく、それでいいのだ、って感じ」

 菫と恋に褒められて、美静はまた黙り込んでしまったが、それもまた微笑ましかった。

 

2005年12月26日号掲載

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