少し前向きになった愛は、恋に謝った。
「勢いで叱ったりしてごめんなさい。恋には恋なりの考えがあったんだよね」
「愛も、この家の人間と一緒かと思って、切なかったよ。……どうもここの奴らは、事件を解決しないように物事を運んでいるように思える。いちいち下手に捜査協力を頼んでいたら埒が明かないじゃないか。これ以上の事件発生を防がなければならないとか、早期解決は皆のためになるんだ、なんて言ったところで、誰も賛同してくれなさそうだと思ったからさぁ、一気に解決することで証明しようと思ったのにさぁ」
「でも、やり方が力任せだった点は、恋も詫びてください。私と、皆さんに」
「……ごめんにゃさい……」
ふて腐れながらそっぽを向いて謝る、丸まった背中が恋らしい。
ホッとしたところで、恋の件はここで終わり。やっと、料理を作る二人の方を観察する気になった。
大理石張りのキッチンは、愛久が見たら、きっと腕をふるってみたいと思うことだろう。愛は料理に通じていないので、別に感動はしない。ただ、俊子の手際が意外と悪いことはわかった。美静の母も負けず劣らずだ。「どうやら、こっちに愛久を連れてくるべきだったようですね」などと言ったら、俊子が気分を害すること請け合いだ。想像して細めた目で監視を続ける。もたつく美静の母が場ちがいな古風なガスコンロに着火した──その時だった。
火のついたような子供の泣き声が、リビングから聞こえて来た。
「……何だ?」
「この声、まさか利羽君の……」
美静が言う前に、俊子が慌てて出て行く。美静母娘も走り出した。
「ダーリン……この声」
「もう皆、文脈、無視し過ぎ」
震えだした菫の手を取って、恋もすぐさま続く。愛とほぼ同時だった。
泣き声が聞こえるリビングを目指し、愛は走る。
利羽が泣いている理由なんて、これっぽっちも推測できなかった。ただ、恋があまりにも爽やかに、まるですべてがわかっているかのように走っていたので、黙っていた。リビングに着けば自ずとわかることだ。そうこうするうち、恋はチーターのごとく俊敏に、先頭にいた美静の肩に食らいついた。何を思ったかわからないが、ひどく美静を驚かせてしまった。
「あのさ、さっきは僕が捜査を投げ出して、逃げ帰ることを心配してくれたみたいだけど」
「あ、私、出すぎたことをしましたよね……疑ったわけではないんですが……」
「そんなことはどっちでも良いよ」
うんざりしている時の声色だ。愛もうんざりした時、同じ声色になるからわかる。
「僕が言いたいのは、安心してくれってこと。おば様その他大勢が、事件解決に協力してくれないくらいで、僕はあきらめたりしない。美静ちゃんが事件解決を選び、望んでいる限り。迷っていたのは愛だけだよ。愛は、頭は堅くて心臓はノミサイズだから」
聞こえる内緒話で悪口を言うな。という文句も聞かず、恋は美静から手を離すと、追い抜いていった。
「……大体、投げ出すはずがないじゃないか。美静ちゃんを安心させるのが第一の目標なんだから……殺人が起きただけで不安なのに、頼った探偵が推理もせずに逃げたら、不安が増すばかりじゃないか。それくらい、愚弟も心得ているハズだったのになぁ───」
恋は独り言を呟き、リビングに突入した。つづけて発せられた言葉の続きは、部屋の中にいるほうの愚弟に向けられていた。
「──愛久!」
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