「──愛久!」
部屋の様子を見て取る前に、恋は大声で怒鳴った。ああ、やはりすべて悟っていたのだと愛は思った。
愛には、恋が美静に言った言葉の意味はおろか、恋が怒鳴り、愛久が呆然と突っ立っていて、そのそばで俊子が利羽を覆うようにしゃがんでいる状況を見てもなお、利羽が泣いている理由は、愛には見当もつかなかった。
まして、恋が愛久に詰め寄った言葉は──おそらく余人に介入されないためだろう──フランス語だったので、それを飲み込むのにも時間がかかった。
「……あーあ。ちぃちゃん、またやっちゃったのね。きっと子供相手にムキになって、殴っちゃったんだ」
「ちぃちゃん!?……ち、愛久のことですか?」
驚くところが違うでしょ、と菫は呆れた面持ちで、おそるおそるドアの外に立ったまま、溜息混じりに愛を手招きした。内緒話のお誘いだ。唾を飲んだ。妙に緊張する。
「愛ちゃん、聞いていないの? 兄弟なのに。それとも、忘れちゃったの?」
「……何の話でしょう」
「じゃあ、説明して、思い出させてあげるー」
適度に顔を離していたら、耳たぶを引っ張られた。息がかかってくすぐったい。
「私、超びっくりしちゃったから覚えているの。あれはダーリンと付き合う前だから、中学生の頃……ちぃちゃんは私とクラスが一緒だった。ちぃちゃんね、ふざけた男子に、ダーリンや愛ちゃんと似ていないことをからかわれて……突然、その男子を殴ったの!」
「……そういえば……そんなことがありましたね……」
菓子折りを持って相手の家に謝りに行った覚えがある。相手の男子の怪我がたいしたことがなかったから、許してもらえたのだ。
「あの時、ちぃちゃん、怒ったっていう感じじゃなかった。……ただ、相手を黙らせようとしたんだけど、言葉がみつからなかったって感じ? だから今回もそうじゃないのかなぁ、って思ったわけ。ちぃちゃん、記憶力抜群で頭良いのに、そういう事件起こしたのって、一度や二度じゃないから」
愛も思い出した。
「ちぃちゃんは頭が切れすぎるから、パニックを起こしやすいんだと思うわ。もっと図太く生きれば良いのに!」という母の言葉。恋に似て──いや、恋が母に似て?──ものすごく軽い口調だったので、忘れていた。だが、実は、重要事項だったのだ。
「ダーリンと結婚したら、私、あんな凶暴な義弟を持つことになるんだわ!やーん、どうしましょう」
困り果てる菫は放っておき、愛は恋と愛久の傍へ駆け寄った。
|