あ ら す じ

「アンタたち、いったいどういうつもりなの」

 俊子がしびれを切らして怒鳴りはじめるまで、恋と愛久は何やらフランス語で言い合っていた。が、俊子の方を向いた恋がブスッとしているところを見ると、それも無駄だったらしい。

「人のうちの子を殴って、どういうつもり?」

「愛久がなぜ、利羽君──だっけ? この子を殴ったのか、まだ本人から事情を聞けていませんから、どうしようにも……。ひょっとして、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地とかあるかもしれないじゃないですか、ねぇ? なにしろ愛久は繊細な子なので」

「アンタ、狼の身内びいきでもするつもり? うちの子、ほっぺたに擦り傷までできてるんだよ。私が手を上げたときには怒ったくせに!」

「あれ、狼じゃないでしょ? 僕のこと狐って呼んだのはおば様じゃなかったっけ? あの愛称、結構気に入っていたのに」

「ふざけるのも大概にしな!」

 恋は、一瞬、暗い顔でうつむいた。しかし顔を上げた時には、もう精悍せいかんな探偵の表情に戻っている。

「そうですね。僕は暴力反対派だから罪は償わせます。でも、どんな犯人にも弁護士はつけようと思っただけ。事実を曲げるのは嫌だし」

「屁理屈、言わないで。気分が悪い。責任とって、今度こそ出て行ってちょうだい!」

 甲高い大声に、リビングに会した一同は震え上がった。

 まるで般若はんにゃのような俊子の形相ぎょうそうを見つめて、愛は、まずいと思った。冗談抜きで帰されてしまう。このまま引き下がりたくない、負けたくない──ほとんど意味不明の勝気を頼りに、愛は震えを止めた。

「はい。責任をとって──事件を解決させていただきます」

「……何ですって? 消えてくれればそれでいいのよ」

 俊子のひきつった笑顔。

 愛は冷や汗を隠して、とっておきの最高の笑顔を返した。

「衛君の事件を解決したいのは、ここにいる全員の希望ですよね? ですが、ご自分たちでは危険な調査はできない。その肩代わりを、恋と私が──危険とはいえ──やらせていただくのです。ひとまずは、それを <責任> の前払いとしてお受け取りいただけないでしょうか」

「丸め込もうったって、そうはいかないわ!」

「そうそう」

 続きは、恋が早口にまくし立てた。

「それでも一向に事件が解決できなければ、僕らの負け。真犯人に殺されちゃっても負け。真犯人が幽霊でも負け。そうなったら後ろ指さして好きなだけ笑ってよ。事件はそのうち警察が解いてくれるだろうし、解けたらこの家も平和になって言うことなし。いいじゃない、おいしい話じゃない? もー、おば様、どっしり構えていてよ!」

 俊子は言葉を失い、しかしそれでも何か口を開きかけたが、今度は菫の叫び声に飲まれてしまった。

「あーっ ! !」

 一同の視線は一斉に菫に集中する。菫は少し赤い顔で続けた。

「キッチン、火、点けっぱなしだったかしらと思って……思わず。だって、危ないわ! おいしいお料理が焦げちゃうもの」

「さすがはハニーだ! よく気づいたね、素晴らしい!」

「みんな、行きましょう!」

 キッチンに向かう菫に付いて、恋も軽やかに走って行く。

 愛とすれちがう時、恋は、愛だけに聞こえるようにそっと親指を立てて言った。

「グッジョブ。愛久のお説教も、その調子でヨロシク」

 ──その笑顔があんまり嬉しそうだったから、愛久を叱るという面倒な仕事まで引き受けなきゃならなくなったよ。

 

2006年1月23日号掲載

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