部屋に戻ると、隆志がベッドの上で漫画を読んでいた。

「おかえりー」

「ただいま」

「どうしたの?何か疲れてるよー、顔が」

「あー、何か電車の中で変な夢見ちゃってさー、その上駅二つも乗り過ごして、最悪だったよー。疲れてるのかなぁ?」

「そっかー。お疲れ!」

 隆志は漫画から目をそらさずに、わざと低い声を出してふざけてそう言った。

「もー本っ当にお疲れだよ、あー疲れた。ちょっとお風呂入るね」

 私は荷物を置いて、服を脱ぎ始めた。隆志はベッドの上に座りなおして、ラッキーストライクに火をつけた。そして煙を深く吸って、小さな丸いわっかを、続けて三つ吐き出した。

「ね」

「はいよ」

「ちょっと太った?」

「…うるさいよ」

 実は最近、2kgほど、体重が増えていた。私は少しお腹をへこませて、ジーパンのファスナーを下ろした。

「ねぇ」

「何よー」

「それ、どしたの?」

「…? それって?」

「何か肩にアザみたいの出来てるよ、紫っぽいの。どっかで打ったりしたんじゃねーの?」

 隆志はベッドから降りて、私の右肩に触れた。

「痛い?」

「ううん、でも、何かつったみたいな感じはしてたの。何だろう、アザ?」

 私はベッドの横に置いてある鏡で、自分の肩を映してみた。確かに右肩に、紫色のアザが出来ていた。それは楕円形で、ちょうど私が昔飼っていたジャンガリアンハムスター…、と思った瞬間に、今日もらった石の事が頭に浮かんだ。一瞬、目の前に夢に出てきた男の子の笑った顔が広がって、私は首を振ってそれを払った。

「疲れてるのかな…」

 私はそう呟いて下着を脱いで、お風呂場に入った。

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、隆志が今日もらった石を眺めていた。

「ちょっと、人のカバン勝手に開けるのやめてよ」

「え?」

「だってそれ…」

 よく見るとそれは私の石ではなくて、隆志が中学のときから使っている古い銀色のジッポライターだった。

「あ、ごめん、勘違い」

「どうしたんだよお前今日、大丈夫か?」

「うーん、わかんない。本当だよね、大丈夫かな」

 私はそう言って軽く笑って、隆志の隣に座った。隆志はライターでタバコに火をつけて、漫画の続きを読み始めた。

 朝、隆志が仕事に行ってから、私は鞄から内臓の石を取り出して、光にかざしてみた。透明な石は日光に反射して、うすぼんやりと光っている。じっと眺めていると、少しずつ石の中の白い煙のような模様が、渦を巻くようにゆっくりと動いているような気がしてきた。模様はゆっくりとゆっくりと回転して、何かを消化するみたいにぼんやりと動いている。何だかとても落ち着く。どうしてだろう。私はそれを今日仕事に着ていくジャケットのポケットの中に入れて、洗面台で顔を洗った。

2007年2月12日号掲載
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