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 子供の頃、何度も立小便を試みては失敗したことの理由にも、漸く合点がいった。
 その頃は、自分の陰核をおちんちんだと思い込み、人より極小さいことに引け目を感じつつも、練習すればきっとみんなと同じように、立ったままおしっこができると邪気なくも信じていたのだ。
 否、嘘はいけない。実際は、幼いながらに、そう思い込もうとしていたのだ。
 しかし、では何故、今度こそ、今度こそ成功するのだと、これ以上ないほどに真剣な面持ちで、腰を突き出し便器を目掛けて放尿した挙句に、またもや失敗してしまい、便器の周りをびしょびしょに汚して、内股を伝う小便と、足元で出来た尿の水溜まりを交互に見つめながら、悄然としてしまった時に、母は叱責するよりも前に、何度も同じ事を繰り返す僕に、構造の相違を、否、もっと根本的な僕の思い違いを教えてくれなかったのだろうか。
 思い切り尻を撲たれたことよりも、恥ずかしいと罵られたことよりも、理由を曖昧に暈かしたままにされたことに、下唇を噛んで涙を零すまいと堪え忍んだことを思い出し、時を超えて胸を詰まらせた。
 こんなふうに思ってしまう僕は、体よりも心が畸形なのだろうか。
 しかし、そのことでやっと、自分自身と、そして事実と向き合わねばという、気持ちが芽生えた。
 だから、僕はここ数年でようやく、本当の自分自身を取り戻そうと、足掻き始めた。僕は既に、人が、ややもすると人生をも諦めかける歳になっている。人の目には、何を今更と映るだろう。それでも足掻いてみずにはいられなかった。突き上げるような、衝動とでも言えばいいのだろうか。
 
 音を立てないよう気を遣いながら起き上がると、床に足を付いた。足の裏が冷んやりとしたフローリングに触れ、気持ちがいい。そっとウェストのゴムに手を掛ける。少し尻を浮かせ、引き下ろして脱ぎ去ると、大きく足を開いた。
 やはり、既に勃起していた。
 枕もとのスタンドを点けると、鏡の映り具合を加減する。そこで、大事なものを取り出していないことに気づき、ベッドパッドの下に手を突っ込むとごそごそと探した。見ずとも分かる手に触れたものを掴むと、迷わず口に持って行き、喉の奥まで咥えると全体をなぶった。舐りながら鏡越しに股間を覗き込む。
 正面にあるテレビの画面が明滅するたびに、僕の股間も赤や青に染められる。その取り取りの色に魅せられて、口に咥えたまま掴んでいた手を離し、その指を勃起に添え、包皮を摘んで剥き出しにしてみた。画面が白に変わり、股間も白く染められていく。
 鏡に映し出されたそれは、雌しべとも、雄しべともつかない、畸形の蕊だった。
 
 ふと、檸檬の花を思い出し、胸の裡が苦くなった。
 同時に、空き瓶の灰皿を、庭の椅子に置いたままにしていたことを、今頃思い出してしまった。腹立ち紛れにキッチンに入った所為で、仕舞うのを忘れていたのだ。思い出したら、放っておけなくなった。
 物の置き場所には拘りがあり、きちんと収まっていないと、どうにも落ち着かない。
 僕は、鏡を置くと、口に咥えていたディルドを更に舐り唾液まみれにすると、自身に慎重に収めた。所々つっかえながらも、何とか奥まで収まった。ゆっくりと動かせば、次第に滑らかになった其処は、じんじんと疼き始めた。

 庭へ行こうと立ち上がった。左手をディルドに添えたままそっと部屋を出て、階段を下りようとしたところで、剥き出しの下半身のことを考えた。しかしそれは、これから先のひと時を、途轍もなく素晴らしいものに変える条件のように思えた。少し股を開き、左手を数度スライドさせると快が増したが、興奮を押さえ込むように、そのまま静かに階段を下りていった。
 
 リビングを抜けながら、思い出してキッチンに煙草を取りに寄った。一本抜き出して口に咥えライターも持つと、リビングの履き出し窓をなるべく音を立てないように開けた。
 細く開けた隙間から、肩からすり抜けると、また元のように静かに閉めた積もりだったのに、サッシュとレールがキュルキュルと軋みながら閉まり、深夜に響く音の高さに思わず首をすくめ息を殺すと、咥え煙草が、ぴくりと揺れた。そっと、上を見上げていた。
 リビングの真上の部屋で眠っている、夫を起こしてしまわなかったかと、心配になってきた。

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2009年8月17日号掲載

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