体の表面は、冷たくなっているのに、内部から沸々と沸き上がるような気配を感じる。ゆるゆると膣壁を擦りながら、頭の中の音楽に聴き惚れているうちに、曲が終わってしまった。
何を考えていたんだっけ。そうだ、僕は彼を懼れている、ということだ。
また思いに耽った。
知られることを懼れるのではなく、否、そうとばかりも言えないが、それ以上に、知られた後、今以上に気まずくなることは目に見えているのに、その先も永劫、また何もなかったかのように振舞われて、自分自身の気持ちが尚更、二進も三進も行かなくなることを、懼れているのではないか。
他人の目から見れば、僕は夫を、虚仮にしていると映るのだろう。
否、では僕は、その愚にもつかない他人の目を気にしているというのか。
悲しいことだが、それは無きにしも非ず、である。僕があるがままに振る舞うということは、僕を今日まで女だと認識してきた関わりの浅い世間の人には、それが奇異に映り、その僕を妻として擁している夫は、僕を黙認しているというだけでも、僕以上に偏見の対象になり得るかも知れない。
違う、そんなことじゃない。
そんなことじゃなく、僕はやっぱり夫を騙している。だから、懼れる。
僕は、自分は男なんだと打ち明けた時に、それを認めて欲しい、否、そう知っていて欲しいだけだ、それだけが望みだ、それ以上は望まない、今後、僕がどう変わっていく訳でもない、君さえ許してくれるのならこのままずっとこの関係を続けたいと、認めて欲しいばかりに薄っぺらな言葉で語っていた。
否、実際にその時は、それ以上を望んではいなかったし、出来るとも思っていなかったのだけれど、極極、甘かった僕の予想を大きく覆し、夫には頑なに拒絶され続け、途方に暮れてしまった。
そして、救いを求めて彷徨い、マイノリティの柵の中に迷い込んでいた。
今まで僕の暮らした世界とは、明らかに色も匂いも違っていた。
右も左も分からずに、戸惑っていた。
そんな時、マイノリティとして受け入れてくれる人は多々あったが、そうではなく、僕を僕として受け入れてくれる人が思いも掛けず現れて、打ち解けて心を許すうちに、僕は男として愛され始めていた。
卑怯千万は承知の上だが、その気持ちに絆されて、つい、僕は、つい、夫を裏切ってしまい、それは、生涯夫と共に生きていくんだと思っていた僕には、人ごとのような言い草だが、青天の霹靂であった。
それでも、夢を語る相手に巡り会えたことに舞い上がり、牡としての衝動が押さえられなくなってしまい、そのうちに、やはり在るべき本当の僕の姿に近づきたくもなり、密かに治療まで始めていた。
だけど、だけど決して、最初から騙そうと思っていた訳じゃない。
だから、僕は懼れている。息を潜めている。
それが証拠に、望んで始めたことなのに、変わっていく自分自身に、悦び祝福する気持ちと、忌み怯懦する気持ちが、錯綜して狼狽えている。一時も、心安らがない。
虚仮にしようなんて、思っている訳じゃない、本当なんだ。君は、虚仮じゃない。知っている。
寧ろそれは僕で、僕には、男であるという確証すら、誰からももらえなかったから、男の外見が調いつつある今も、確かな物が何一つ無い。中身がない。何もないんだ。虚ろなままなんだ。空っぽなんだ。
形ばかりに囚われる、硬い殻だけの、虚仮なんだ。
せめて、虚仮ではなく、うまく実らないで萎びてしまった秕であれば、まだ救いがあっただろうに。
2009年8月30日号掲載