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 僕はその手前数メートルの辺りで、歩を止めていた。
 板塀の前でタカオが立っていた。二人は対峙した。お互いに睨み合うように押し黙ったまま、距離を保ち向き合っていた。首筋が汗でじっとりと濡れて、ちりちりと痒みを感じた。同時に、股間にも痒みを覚え、身体がぷるぷると不随意に震えた。途端に痒くて堪らなくなり、じっとしていられなくなってしまった。股間を摺り合わせもじもじとしていると、タカオが口を開いた。
「お前、いつもここで遊んでるのか。」
 僕は喋る代わりに、頷いた。
「俺ん家には、もう来ないのか。」
 別に、そう決めている訳でもないので、どう答えていいものやら分からず、黙ったままで居たが、ふと尺取虫のことを思い、口を開いた。
「尺取虫は捕まえに行ってるよ。」
 だが、言ってしまってからすぐに、言わない方が良かったと、後悔した。

「まだ、捕ってるのか。お前、もう二年生だろう。」
 二年生だからどうだというのだと、ちょっとむくれて睨み返した。
「捕まえて、どうしてるんだ。」
 僕は、言えなかった。自慰の前戯に使っているなどとは、言えなかった。

「今日も捕まえに来てたのか。」
 僕はまた、頷いた。しかし、そうする間も股間の痒みが治まらず、我慢が出来なくなり、スカートの下から手を差し込んで、パンツの上からそっと掻いた。タカオが僕の手の動きを、じっと見つめていた。少しだけ恥ずかしいと思ったが、手は止まらなかった。
「捕まえた尺取虫は、どうしたんだよ。」
 言おうか言うまいか暫く悩んだが、黙ったままで居るとまた聞かれるだろうと、ぽつりと答えた。
「あっちに、居るよ。」
「何処だよ。」
「砂のとこ。」
 タカオは、ついて来いと言わんばかりに顎をしゃくって、先を歩き出した。僕は仕方なく従った。
 掻けば掻くほど痒さが増して、どうにもこうにも堪えられなくなってしまい、もうお構いなしに、ぼりぼりと掻き毟っていた。気持ちよさと、痒さと、掻きすぎた為のひりひりとした痛みとがい交ぜになり、恍惚とさえしてきて頭がぼうっとしてしまい、タカオの後ろをフラフラとついて行った。

 
 タカオが砂山で立ち止まってしゃがむと、僕が開けた穴を覗き込んだ。
 昨日開けた穴だった。タカオは、死んでしまった尺取虫を、どう思っているのだろう。
「これか。」
「うん。」
 硝子の蓋に気づいたようで、それを摘み上げて、また中を覗いた。
「これもか。」
「うん。それは、今日捕まえたやつ。」
「じゃあ、こっちのは。」
「昨日、捕まえたやつ。」
「なんで、死んじゃってるんだよ。」
 答えられなかった。
 タカオは、振り返ると僕の顔を見てから、視線がスカートに移動した。
 見られているというのに、僕は止められず、音まで聞こえそうなほど掻き毟(むし)った。
「痒いのかよ。」
「うん。」
 タカオは僕の手の動きをじっと見つめながら、ちょっと押し黙った後、こう言った。
「小便したら、治るぜ。」

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2009年10月27日号掲載

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