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10.
タカオの視線は、いつもきつい。遊ぼうと言いたかった。でも、言えずに、何と言ったらいいか分からないまま、僕もタカオの顔をじっと見た。
「自転車、買ってもらったのか。」
「うん。」
「爪先しか着いてないじゃないか。」
「うん。」
「遊びに来たんだろ。」
「うん。」
「何だ、それ。虫でも捕まえるつもりか。」
「うん。昆虫標本、作ってる。」
「おまえが、か。」
いつものことだが、馬鹿にするような物言いに、僕もまたむっとして膨れた。
「もう、大分出来たもん。」
「へえ。虫籠に何が入ってるんだ。」
「今日は、まだ。今から行こうかと思ってたの。」
「じゃあ、行くか。俺、この辺の山、詳しいぜ。」
「ほんと? 一緒に行く。」
「ちょっと待ってろ。」
ぴしゃりと戸を閉めると、ばたばたと足音がして、戸の開いたり締まったりする音が何度か聞こえた。タカオの声が、何か言っている。おばさんの声も聞こえた。また、ばたばたと音がして、玄関が開いた。
「ほら、行くぞ。自転車は置いとけ。坂がきつくなるからな。」
そう言うと、すたすたと歩き始めた。
「あ、待って。」
僕は、慌てて自転車から降りようとしてふらつき、転んでしまった。虫捕り網を放さなかった所為で、膝小僧と掌を擦り剥いてしまった。立ち上がろうとしたら、タカオがすぐ横にいた。
「何やってるんだよ、全く。」
舌打ちでもしそうな言い方だったが、自転車を起こして隅に片付けてくれた。
「ほら、行くぞ。」
僕は、またすたすたと先を行くタカオの後を、ちょっとだけびっこを引きながら、遅れまいと小走りについていった。傷がじんじんと痛んだが、大したことはないだろうと、気にも留めなかった。僕は、初めて行く山に思いを馳せて、足は痛いけど知らぬ間にスキップしていた。
坂道がだんだん急になり、家も疎らになった頃、道を逸れて小さな森の中に入っていった。
蝉時雨が降り注ぐ中、僕はタカオに遅れまいと後を追った。タカオは年下の僕のペースなどお構い無しに、腕を振ってどんどん進んでいく。タカオとの距離が開き、このまま此処に一人取り残されそうな気すらして来て、不安に駆り立てられた。
薄暗い木々の合間にちらちらと見えていた背中が、とうとう見えなくなってしまった。僕は涙目になっていた。タカオの姿を追い求め、小走りになりながら急いだ。持ってきた虫捕り網と、虫籠が、鬱陶しかった。ずっと上りだった坂が下りに変わって来たと思った途端、小径の真ん中に張り出した木の根に躓いて、あっという間に転んでいた。どう、と転んだとき、思わずうっと呻いていた。
一瞬だけ、蝉時雨が止んだ。
さっき転んで擦り剥いた膝が、更にじんじんと痛み出したのを這い
蹲ったまま堪えた。のろのろと起き上がると、膝からは血が流れていた。べそをかくまいとして、きゅっと結んだ唇がわなわなと震えた。それでも、初めての場所で放っておかれてはそれこそ怖いので、また歩き出した。もう一度俯いて見ると、膝の傷から流れた血が伝い、サンダルにも染みていた。肩からたすきに掛けていた虫籠は、身体の下敷きになって潰れてしまっていた。
僕は、とうとう涙を流しながら、タカオを追った。
> 12.
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