タカオが目を開けて、こちらを見た。
僕は何故かどぎまぎして、一瞬目を逸らしたが、その瞬間さえ惜しいと思いすぐに視線を戻した。
タカオは握り締めていたものを慌ただしくしまい込むと、シャッと音を立ててファスナーを上げた。あっという間にしまったので、がっかりとした。それに僕は、今見た物が何なのか聞きたくて堪らなかったが、タカオの顔は強張っていて、聞くに聞けなかった。
「おい、パンツ履け。」
言われるまで、指を押しつけたままだったことを忘れていた。慌てて起きあがろうとしたら、膝の傷が痛んだ。片膝を立てたまま、ちょっと庇うようにしていたら、タカオが近づいてきて傷を見た。
「痛いのか?」
僕は俯いて、頷いた。傷からはまた血が滲んでいた。顔を上げると、タカオは僕の開かれた脚の間を、じっと見ていた。僕は、見られている場所を隠すでもなく、そんなタカオの顔を見つめた。水玉模様の短いワンピースは、タカオが見つめる場所をあからさまにしていた。
数瞬の後、タカオはハッとして、視線を僕の顔に移した。
「ほら、パンツ。」
脱ぎ捨ててあったそれを、タカオが慌てたように拾って僕に渡した。
僕は、血が付かないように用心しながらパンツを履こうとして、ふと見ると既にフリルに血が付いていてがっかりした。大きく股を開いたまま、タカオの顔を盗み見たら、また僕の女性器を食い入るように見つめていて、それを見た僕もまた興奮した。タカオの視線が突き刺さっているみたいで、じんじんと疼いた。僕はなかなかパンツを履く気になれず、昂った気持ちのやり場に遣る瀬無ささえ感じていた。タカオも履けとも言わず、そこから目を離さなかった。僕は、タカオに見てほしい、見せたいとさえ思っていた。
「もう一回、さっきみたいにしてみろ。」
そうタカオが言うと、途端に僕は心臓がと、と、と、と早打ちを始め、息苦しささえ覚えた。
僕はそのまま後ろに倒れて、また脚を開いて擦り始めた。何度触っても、気持ちよかった。
相変わらず、タカオは早足で進む。
僕は遅れまいと必死で、ときどき足を引きずりながら後を着いていく。でも、さっきの事を考えながら歩くと、ふわふわとした気分になり、痛さも紛れた。
虫捕り網は、タカオが持ってくれているが、拉げた虫籠は僕の首からぶら下がったままだ。歩くたびに左右に揺れて鬱陶しいが、捨てて帰る訳にもいかなかった。
タカオの背中を見つめつつ、僕はそっと右手の指の匂いを嗅いだ。僕の生臭い性器の匂いがしたが、それと同時に肉桂の匂いもした。爪の間に詰まった茶色い肉桂の滓を、しゃぶりながら歩いた。
「ほら、食べろ。」
僕が二度自慰をした後に、タカオがポケットからごそごそと取り出した菓子をくれた。二つのうちの一つを貰い、横に並んで高級そうな和紙の包み紙を開いた。少し潰れて形が歪だったが、それは蒲の穂のように細長い、茶色い饅頭だった。指先で摘むと、肉桂の粉がはらりと落ちた。鼻先に近づけて匂いを嗅ぐまでもなく、肉桂のいい香りがしていたが、それでも僕は匂いを嗅いだ。目を閉じてすうっと匂いを吸い込んだ。僕の好きな匂いだった。目を開けると、タカオがじっとこちらを見ていた。
「いい匂いだね。」
見られていたのかと思うと照れくささもあり、そう言っていた。タカオは無言のまま、ぱくりと一口で頬張った。僕は口に運ぶ前にもう一度饅頭をじっくり見た。手にしたときから、タカオの突起を思い出していたので、少しだけ囓って中を覗いてみた。白い餡が詰まっているだけだった。何を期待していたのかと、がっかりしてタカオを見ると、頬を膨らませて咀嚼していた。僕もそれに倣って、残りを一口で頬張った。口から鼻へと肉桂の香りが拡がり、僕も頬を膨らませながら、噛み締めた。
2009年12月21日号掲載