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 父の優しい微笑みに、すっかり心がほぐれ、つい、虫籠を潰してしまったことも小声で打ち明けていた。だから、虫捕りに行ったのに、一匹も捕まえられなかったことを悔やんでいることも、悄然としながら告げた。後でママには内緒でお小遣いをあげるから、また、明日にでも買っておいでと言ってもらえて、僕は父に感謝した。
 しかし、その晩から、僕は父と一緒に風呂に入ることを、止めてしまった。
 
 翌日、父に貰った小遣いで、近くの雑貨屋まで虫籠を買いに行った。
 よく考えた挙句、拉げてしまった虫籠と同じものを買っていた。母に見咎められることも想定して、と言っても、母が僕の虫籠がどんなだったか覚えているかどうかは至極疑問ではあったのだが、結局そうした。濃いピンク色の自転車の籠に虫籠を抛り込むと、家まで帰る道すがら、ゆっくりとペダルを漕ぎながら、夕べ父と話したことを思い出していた。

「みぃちゃん、そろそろお風呂に入ろうか。」
「………パパ、みぃ、一人で入る。」
「何で?今日は怪我もしてるから、綺麗に洗わないと黴菌ばいきんが入って酷くなるよ。」
「…………でも、もう、一人で入る。」
「今日は、一緒に入ろう。パパが洗ってあげるから。」
「みぃはもう、一人で入りたいのっ。」
「みぃちゃん…………。」
 そう言った、父の顔は淋しそうだった。
 一瞬、父の表情にほだされそうになった。しかし、やはりもう、一緒には入れないとすぐに思い直した。胸の膨らみのこともそうだったが、それ以上に、タカオとの秘密がまた増えてしまったことに、起因していた。タカオに見せ付けた自分の女性器を、父に見られるのは恥ずかしかった。タカオと同時に絶頂を極めたことを感じ取られるのではないかと、また、それを知った父がどう感じるのだろうかと考えると、更に恥ずかしかった。それに、父の男性器を、脳裏に焼き付いたタカオの男性器と見比べて、父の股間から目が離せなくなりそうで、それはもっと恥ずかしかった。
 二人だけの秘密と、自分自身の身体の秘密がばれてしまいそうで、怖かった。

 家に着くと、僕は壊れた虫籠を、自分の部屋の押入れの奥に隠してしまった。
 二つ並べて置いてあると、直ぐに母に見つかって、しつこく理由を聞かれることは分かり切っていたし、そのことで父がまた小言を言われることも嫌だった。
 片付けが済むと、昨日捕まえられなかった分を取り戻そうと、すぐに虫捕りに出掛けた。
 自転車でちょっと遠方まで行く積りだった。
 家からずっと南にある、小さい祠だけの神社へと行こうと思っていた。着いた頃には、ノースリーブのブラウスの背中や腋が、汗でぐっしょりと濡れていた。自転車を止めて、石段を二、三段駆け上がると膝の傷がずきりと痛んだので、途中から歩きに変えた。踏み締めて上がる石段は、小さい祠しかないのに、意外にも立派なものだった。こんもりと繁った森はぎらぎらと照り付ける太陽光を遮り、すっと涼しさを感じた。
 春に一度来た切りだったが、思ったとおり蝉の声がうるさかった。きっと、いろんな種類を捕まえられるだろうと、期待に胸を膨らませながら、虫の居所を探すように辺りをきょろきょろと窺った。
 蝉の声が聞こえる以外は、何も聞こえなかった。森の中に、僕一人だった。木立の中を縫うように歩きながら、あるいは、息を止めて虫捕り網を蝉に素早く被せながら、思うことは昨日のタカオとのことばかりだった。それほどに、強烈な経験だった。
 虫籠の口を開け、捕まえたクマゼミを中に入れた。バタバタと暴れた後に籠の桟に掴まったクマゼミは、シャンシャンシャンと一しきり鳴いた。その鳴き声も止まってしまうと、ふと思いついた。
 僕はまた、辺りをきょろきょろと窺うと、祠の裏側へと歩いて行って地べたに座り込んだ。
 虫捕り網を置き、虫籠の紐を肩から抜くと、スカートの中へと指を這わせた。最近、自分でもどうかしていると思うほど、自慰を毎日繰り返している。止めなくちゃと思いながらも、止められずにいる。

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2009年1月4日号掲載

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